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アンティーク シルバー ティースプーン (1)

あるお客様から、「バラ売りされているティースプーンはないでしょうか。ちがった年代、デザインを1本ずつ集めるのも楽しいのでは・・・」とお便りいただきました。

実は私も以前にティースプーンをちがった年代、デザインで1本ずつ集めるのも楽しいのではと思ったことがあったのです。 知り合いのアンティークディーラーのお宅にお邪魔してお茶をご馳走になった時、出てきたティースプーンが、プレーンなジョージアンスプーンでしたが、セットではなくちがった年代とデザインでした。 そのことでかえってスプーン一本一本を眺めたり、ホールマークを見比べたりと話が弾み、セットのティースプーンであったら出来なかったような会話を楽しむことが出来たのです。 この時、セットよりバラのアンティークの魅力を確かに感じたのですが、頭が固いと言いましょうか、英吉利物屋でティースプーンをご紹介するとなると、「ティースプーンはセットで」という先入観から抜け出せぬままに今日まで来てしまいました。 一方で仕入れの際に綺麗なティースプーンを一本見つけると、つい求めてしまうのですが、その後はサイトアップすることなくそのままになっていたのです。

お客様からのお便りでハッといたしました。 アンティークティースプーンをバラで集める魅力は確かにあるとあらためて思いました。 以下のコーナーでバラのティースプーンを少しずつご紹介していけたらと思います。

(下線付き太字の品物名をクリックいただくと、拡大写真とその他の説明写真がご覧いただけます。)

No.20060 英国王 エドワード八世 戴冠記念 スターリングシルバー with ゴールドギルト アノインティング スプーン
長さ 10.8cm、重さ 15g、最大幅 2.3cm、柄の最大厚み 3.5mm、1936年 バーミンガム アセイオフィス、一万二千円

興味深いアンティークが入りましたので、ご紹介しましょう。 英国王 エドワード八世 幻の戴冠 記念 アノインティング スプーンです。 エドワード八世のコロネーション(戴冠)を記念するはずだった品であること、そしてエドワード八世の在位期間は一年に満たなかったことから、エドワード八世ものは、この銀のスプーンに限らず、アンティークとしてはレアものの範疇に入ることから珍重されます。

国王の即位式で使われるクラウンジュエリーの一つにアノインティング スプーンがあり、コロネーション(戴冠式)を記念して、それを模したスプーンが作られました。 オリジナルのアノインティング スプーンは12世紀から伝えられてきた英王室の三種の神器のような品であって、戴冠式で新国王に聖油をつけるのに使われます。

アノインティング スプーンのオリジナルは英王室の宝物としてロンドン塔に保管されておりますが、『倫敦塔』といえば夏目漱石の作品にありますので、あわせて読まれると興味深いと思います。

柄の側面部分には四つのブリティッシュ ホールマークが刻印されており、順にメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1936年のデートレターです。 写真二番目では、柄の側面部分に四つのホールマークが並んでいるのがご覧いただけます。

素材のスターリングシルバーにゴールドギルトが施してあって、ゴージャスな仕上がりになっています。 15グラムという持ちはかりは、このタイプのアノインティング スプーンとしては、重たい方になります。 銀がしっかり使われて作られていることを示しています。

柄の厚みは丸飾りの辺りが最大で3.5ミリほどあって、ボール部分の銀も厚めに作ってあって、持った感じのしっかりしたスプーンと思います。 上から見た写真では立体的な構造が分かりにくいのですが、ボール部分は一段低く、柄の部分がせり上がったかなり立体的な構造に出来ています。 

1936年は「王位を賭けた恋」で有名な英国王エドワード八世即位の年にあたっており、国を挙げての祝賀ムードから記念銀器が作られたことが、このアンティークの背景になっております。 そして、在位期間があまりにも短かったエドワード八世ものは、アンティークとしてはレアものの範疇に入ります。

例えてみると、阪神タイガースの優勝を見越して記念グッズを作っていたら、土壇場で阪神は優勝を逃してしまい、困ってしまった業者さんの事情とよく似ています。 エドワード八世は国王に即位したけれども、国民をあげて盛り上がっていく戴冠式を前に退位してしまったのでした。 

まあ、それから八十年以上の年月が流れますと、幻の戴冠式に向けて作られた記念銀器が、レアものとして尊ばれるようになっております。

エドワード八世は1936年に英国王になりましたが、その年の12月には退位を宣言し、この年は英国中が大揺れとなりました。 それというのも、エドワード八世は当時41歳の独身で王位につき、英国民はさて次はお妃探しと盛り上がったのですが、彼には皇太子時代からシンプソン夫人という愛人があったのです。 シンプソン夫人はアメリカ国籍で、夫のある身、さらには離婚歴もありということで、英国国教会や当時の英国政府が黙って見過ごせることではなかったわけです。 不倫を解消せよと迫る世論に対して、国王が下した決断は王位を捨ててシンプソン夫人をとるというものでした。 

当時の新聞によりますと、英国王が王位を捨てるとのニュースによって、イギリス国民の間には外国から宣戦布告を受けたような衝撃が走ったそうです。 ロンドンのシティでは電話回線がパンクしましたし、ウエストエンドの商業地でもこれまた機能不全に陥って、人々は夕刻の号外を奪い合い、バッキンガム宮殿に出入りする王族を一目見ようと殺到し、ロンドンは蜂の巣を突いたような騒ぎとなったのでした。

エドワード八世は、アメリカや日本を含めた諸外国では、「王位を賭けた恋」を成就させた王様として人気があります。 彼は晩年に至るまで一度も自らの決断を後悔したことはなかったと伝えられています。

ちなみにヴィクトリア女王の時代が終わって20世紀に入ってからの英国王は、1901年のエドワード七世、1910年のジョージ五世、1936年のエドワード八世、1937年のジョージ六世、そして1952年から現在のエリザベス二世になります。

ついでながら、『エッジウェア卿の死』(アガサ・クリスティ作)をご存知でしょうか。 英国国教会の離婚に対する考え方が、重要な作品背景となっていて、クリスティーはこの小説を1933年に書いております。 エドワード八世とシンプソン夫人の交際は1931年から続いていたので、この問題でますます英国国教会と、もめるだろうと分かっていたことでしょう。 おそらく、そんな王室事情もヒントになって、書かれたミステリーなのだろうと思うのです。

実際に起こった王室問題と、クリスティのミステリー小説、やはりどちらか一方よりも、あわせて親しむと、八十年前の人々の考え方がよりよく分かってきますし、歴史やアンティークに対する理解が深まるように思います。

英国王 エドワード八世 戴冠記念 スターリングシルバー with ゴールドギルト アノインティング スプーン




No. 20059 ヴィクトリアン スターリングシルバー  ティースプーン Queen Anne パターン with シェル
長さ 11.7cm、重さ 12g、ボール部分の長さ 3.8cm、最大幅 2.5cm、ボールの深さ 6mm、柄の最大幅 1.3cm、1890年 ロンドン、George Unite作、七千円(3本あります)




George Unite作になるヴィクトリアンの銀スプーンです。

ボール裏面には四つのシルバーホールマークが刻印されています。ホールマークは順に George Uniteのメーカーズマーク、1890年のデートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そしてロンドン レオパードヘッドです。


柄先のデザインは Queen Anne パターンと呼ばれます。 このデザインは1880年代にイギリスで初めて登場し1900年頃にはかなりの人気となりました。 あるいは別名ではオーバニー(Albany)パターンと呼ばれることもあります。 ヴィクトリア期の有力シルバースミスであったフランシス・ヒギンスのパターンブックで、 Queen Anneパターンとされて以来、Albany あるいは Queen Anneと両方の名前が使われるようになりました。

ボール部分のシェル デザインも綺麗です。

シェルパターンは12世紀にスペインの聖地 St.ジェイムス オブ コンポステラへ向かう巡礼者たちが、彼の紋章であったシェルを身につけて旅したことから、クリスチャンシンボルとして、シェルが取り入れられていったのが始まりです。 15世紀以降はセラミックスやシルバーの分野で、このシェルモチーフが繰り返し取り上げられて今日に至っています。

ハンドル部分に見えるねじり構造は、柄の強度をアップするのと同時に、光の反射が綺麗で、装飾的な美しさを追求するのに役立っています。 

全体としてデザインのよさに加えて、ねじり柄の技巧も綺麗なので、見ていて楽しいシルバーウェアに仕上がっています。 



銀工房のGeorge Uniteは、コレクターの間ではちょっと有名なシルバースミスです。 以下では、美しいアンティーク シルバーを残した、ヴィクトリア時代の銀細工師をご紹介します。

George Unite(1798−1874年)

ジョージ・ユナイト作品との出会いは、ずいぶん以前のことですが、よく覚えています。

ロンドン郊外のアンティーク フェアで、きれいなシュガースプーンを見つけました。
フィドルパターンの柄には細かく花が彫りこまれており、ボールの部分は唐草模様の透かし彫りになっています。
ホールマークを読み取ると、ヴィクトリア時代中期1858年バーミンガム製作で、メーカーズマークは GU でした。



19世紀第一の銀細工師とは言えないまでも、かなり技術の高い名匠の作品と思いました。
それ以来、ジョージ・ユナイトの作品は注意して見るようになりました。

彼の作品はスプーン、フォーク、ナイフ、シュガースプーン、バターナイフ、ティー キャディー スプーンといった、基本的なフラットウェアをはじめとして、ヴィネグレット(気付け薬入れ)、かぎタバコ入れ、カード入れ、ワインラベル等の小物、さらには、遊び心で作ったと思われる赤ちゃんのガラガラまで多岐にわたります。(それにしても、純銀製のガラガラというのも優雅なものです。)

彼の作品を見ていくうちに、このヴィクトリア時代の銀細工師について知りたくなり、ヴィクトリア & アルバート ミュージアムの図書室等で資料をさがすようになりました。

ジョージ・ユナイトは今から二百年ほど前の1798年に生まれています。

12歳でバーミンガムの銀細工師ジョセフ・ウィルモアに弟子入りし修業を始めました。ジョセフ・ウィルモアも名の知れた銀職人ですが、現在、彼の弟子として名前がたどれるのはジョージ・ユナイトだけです。

1836年には独立してバーミンガムに工房を持ち、以後30年間 GU のメーカーズマークで作品を世に送り続けました。彼はアンという女性と結婚して三人の息子があり、長じて三人とも銀細工師となり父の工房でファミリー ビジネスを支えたようです。 1890年には工房が買収され家族経営は終わりましたが、GU の刻印にはブランド価値があり1938年まで使われました。

また、ユナイトという姓について次の言い伝えが残っています。真偽のほどは分かりませんが面白い話と思います。

彼の祖先は、スチュアート朝 ジェームズ一世の治世、1603年にイングランドとスコットランドの統合を記念するユナイト金貨を鋳造した金銀細工師であった。王様は金貨のデザインをとてもお気に召して、細工師に以降はユナイトと名乗るよう申し付けた。実際にはジェームズ一世の意図に反して、当時の議会はこの統合法案を否決し、両国の貨幣鋳造権は1707年の連合法まで分かたれたままであった。

いろいろ知っていくと、また愛着が湧くもので、これからもジョージ・ユナイトの作品を探していこうと考えています。




No.20058 ジョージ三世 スターリングシルバー オールドイングリッシュ パターン ティースプーン
長さ 13.4cm、重さ 12g、ボール部分の長さ 4.3cm、最大横幅 2.7cm、ボールの深さ 0.6cm、柄の最大幅 1.25cm、1778年 ロンドン、Samuel Godbehere & Edward Wigan作、一万円

今から二百四十年前に作られたスターリングシルバーのティースプーンです。二世紀を越えた古さは、たいへんな魅力になろうかと思います。 柄の裏面にはブリティッシュ ホールマークが刻印されているのもポイントです。 

柄の裏面に刻印されたホールマークは順に、メーカーズマーク、ジョージ三世の横顔でデューティーマーク、1778年のデートレター、そしてスターリングシルバーを示すライオンパサントとなっています。

英国でアンティークという言葉を厳密な意味で使うと、百年以上の時を経た品物を指します。 気に入った古いものを使っていくうちに、その品が自分の手元で‘アンティーク’になっていくことは、コレクターの喜びとも言えますが、このティースプーンが作られたのは1778年ですから、余裕でアンティークのカテゴリーに入るどころか、さらには既に"ダブル"アンティークともなっており、そんな辺りもアンティーク シルバーファンとして、嬉しい銀であると感じます。

かなり古いスプーンをお求めいただいたお客様から、ジョージアンの時代に銀器を使っていた人たちはどんな人たちだったのかというご質問をいただきました。 遠い昔に銀器を使っていたのは豊かな人たちであったに違いありませんが、この問題はよく考えてみると、もっと奥の深い問題であることが分かります。

ジョージアンの時代に銀器を使っていた人たちは、百年と少し前のヴィクトリアン後期に銀器を持っていた人たちよりも、一段と社会階層が上のお金持ちだったと思われます。 ジョージアンの時代には、まだまだ銀は社会の上層階級の占有物であったからです。 ヴィクトリア期には英国の経済力も大いに伸長したので、ヴィクトリアン後期の英国では銀器が新興富裕層にまで普及し、その裾野が広がりました。 つまり銀器を使った昔のお金持ちといっても、ジョージアンの時代とヴィクトリアンの時代ではその意味合いや程度が大きく異なるのです。

「International Hallmarks on Silver」という本に、過去の銀世界生産量推計という面白い資料がありました。 その資料によれば、写真の銀スプーンが作られた頃の年間銀生産量は652トンほどで、ヴィクトリア時代最後の1900年は5400トンとあります。 時代と共に生産量が8倍以上に増しているわけですが、逆にみると、より昔の時代における銀の希少性について、お分かりいただけるのではないでしょうか。

ジョージアンとヴィクトリアンでは銀のスプーン一本を取ってみても、そのステータスシンボルとしての価値はかなり違っていたわけです。 もっと詳しく知るためには、英国社会史や経済史の理解が不可欠になりましょう。 これからも少しずつ調べて、個々のアンティークが持つ時代背景について、お伝えしていければと思っています。

1778年作の銀製品であり、二世紀以上の時を経ているという古さはやはりアンティークとして大きな魅力になりましょう。 英国の歴史は比較的安定していたことが特徴で、隣国フランスのように大きな革命や動乱を経験せずに今日に至っており、そのおかげもあってイギリスにはアンティークのシルバーが多く残っているとも言えます。 しかし、このティースプーンが作られ、使われていた頃は、イギリスにおいてもかなり世の中が荒れて、政治が混乱した時代でした。 

一つには産業革命の影響で英国社会に大きな変化が起こりつつあって、ロンドンでは打ち壊しのような民衆暴動が頻発していたことがあり、二つには国王ジョージ三世がアメリカ植民地経営に失敗してアメリカ独立戦争を招いたことなどが混乱に拍車をかけました。 18世紀後半にロンドンで起こったゴードン暴動では死者が五百人を超える惨事となって革命一歩手前だったようです。 

さらに加えて海外からの不安定要因がイギリスを脅かし始めます。 1789年に始まったフランス革命は次第に先鋭化していって、ついに1793年には国王を処刑してしまうまでになりました。 このティースプーンが使われていた頃というのは、おっかなびっくり隣国フランスの様子を窺いながら、当時のイギリスはいつ対岸の火事が飛び火してくるか、ひやひやものでありました。 もし英国史がそのコースを少し外していたら、このスプーンを今こうして見ることもなかったかもしれない、などと思ってみたりもするのです。

ジョージ三世 スターリングシルバー オールドイングリッシュ パターン ティースプーン(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)

ジョージ三世 スターリングシルバー オールドイングリッシュ パターン ティースプーン(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No.20051 アスプレイ アール・デコ スターリングシルバー ティースプーン 一部 SOLD
長さ 11.0cm、重さ 11g、ボール部分の長さ 3.6cm、最大横幅 2.4cm、深さ 6mm、柄の最大幅 1.15cm、1971年 バーミンガム、Asprey & Co. Ltd 作、一本 八千八百円 (12本あります-->6本あります。)

直線的なアール・デコ 幾何学デザインのスターリングシルバー ティースプーンです。 シルバースミス(=銀工房)は Asprey & Co. Ltd になります。 

このアスプレイというお店は1781年創業、英国王室御用達で、現在でもイギリスにおける宝飾店の最高峰と言われ、ロンドンのボンドストリートに立派なお店を構えています。 イギリス銀製品を専門に扱うガイドブック 『Jackson's Hallmarks』 では、アスプレイについて「Justifiably famous for the quality of its products (もっともで当たり前のことながら、その品質の良さは有名である。)」と最上級のコメントです。

アスプレイの作となる同じデザインのテーブルスプーンを以前に扱ったことがあります。 そのテーブルスプーンは1936年の作でしたので、写真のティースプーンのデザインは1930年代 アール・デコの時代から少なくとも1971年までの長きにわたって、アスプレイの定番として取り扱われてきたことが分かります。 

イギリスでも超のつくような老舗においては、頻繁にモデルチェンジしないと言うか、よいものであれば、あくまでも昔のものにこだわっていく姿勢が伺えて、興味深いところです。 ただ一方で思いますのは、こういう古いものへのこだわりは、老舗に限らず、広くイギリス人一般に見られる特性の一つかも知れません。 

昨今の例で言えば、イギリスがなんだかんだ言って、欧州共通通貨ユーロに参加せず、あくまでもスターリングポンドにこだわり続ける姿勢も、根っこのところでつながりがあるように見ています。

写真二番目に見える裏面のホールマークは順に「Asprey & Co.Ltd」のメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1971年のデートレターで、どの刻印もはっきりしています。 

林望氏の『イギリス観察辞典』という本に「アスプレイ」の項目があり、面白く分かりやすい解説がありますので、詳細は本をご覧いただくとして、抜粋をご紹介しましょう。

『世の中にまた、アスプレイという会社ほどイギリス的なものもあるまいと思われる。この会社はまったく不思議な組織で、アスプレイ家が経営している王室御用達の店なのだが、いったい何を商っているのかというと、なんでしょうねぇ...おおまかに言えば雑貨屋さんなのだ。しかし、そんじょそこらの雑貨商とは全然違う。 

いかなる注文にも応じて、この会社の職人に作れぬものはない、...

「たとえば...」とアスプレイのスタッフは言った。「当社では、お客様にロンドンへお越し頂くのではなくて、ロンドンから職人を派遣して、お客様のご注文を承る、ということになってございます。」  そのようにしてカスタムメイドされた流麗な散弾銃が二挺一組で六万五千ポンドだそうである。 ざっと千三百万円! どうです、安いものでしょう。

むろんこの会社は「物」を作って売る会社ではあるけれど、その本当の趣旨はもう少し深いところにあって、たぶんそういうイギリス人魂とか、イギリスの夢とでもいうようなものを、「何かの形」に作って売ることを目的としているのであろう。』 以上抜粋。

それから、このアスプレイにはアンティークシルバーのコーナーもあります。 ロンドンのボンドストリートやニューボンドストリート沿いの老舗アンティーク店の中でも、とりわけアスプレイは高級店で、気軽さはありませんが、英国にお越しの際にはロンドンアンティークショップの最高峰を見てみるのも面白いかも知れません。

1920年代、30年代はアール・デコの時代ですが、ヴィクトリアンあるいはエドワーディアンの伝統的で凝ったシルバーデザインとは大きく異なる変更が、この時代にあったことは、とても興味深いと思います。 ある解説によれば、このデザイン上の大きな断絶を生み出した最大の要因は第一次大戦だったと言われています。 当時の人たちはヴィクトリアンとエドワーディアンの輝かしい伝統の延長上に世界大戦が起こったことに大きなショックを覚え、ポストワーの時代には、昔の時代から距離を置きたいと望む風潮が強く、そこにアール・デコがぴたりとはまったというわけです。 

アール・デコについてはいろいろな説明がありますが、この解説はかなり言いえているように思います。 イギリスを隅々まで旅してみて、どんな小さな田舎の村にも、第一次大戦の戦没者を悼む記念碑が建っているのを知りました。 英国人の暮らしを根底から揺るがした出来事であったことが想像されるのです。

アスプレイ アール・デコ スターリングシルバー ティースプーン


No. 20049 アール・デコ スターリングシルバー ティースプーン with ピアストワーク SOLD
長さ 10.8cm、重さ 10g、ボール部分の最大幅 2.3cm、透かし柄の最大幅 1.3cm、1943年 バーミンガム、 (6本あります-->3本あります-->SOLD)

今から70年以上前に作られたスターリングシルバー ティースプーンで、アール・デコの直線的なデザインとピアストワークが特徴的です。 ボールの裏面にはメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1943年のデートレターが刻印されています。

この品が作られた1943年といえば第二次世界大戦中のことであり、実際のところ当時のイギリスはデザインやアートどころではなかったのですが、このティースプーンのデザイン的な背景としてはアール・デコの系譜上にあるものとみてよいでしょう。

一般に1920年代から30年代はアール・デコの時代と言われます。 ヴィクトリアンあるいはエドワーディアンの伝統的で凝ったシルバーデザインとは大きく異なる変更が、この時代にあったことは、とても興味深いと思います。 ある解説によれば、このデザイン上の大きな断絶を生み出した最大の要因は第一次大戦だったと言われています。 当時の人たちはヴィクトリアンとエドワーディアンの輝かしい伝統の延長上に世界大戦が起こったことに大きなショックを覚え、ポストワーの時代には、昔の時代から距離を置きたいと望む風潮が強く、そこにアール・デコがぴたりとはまったというわけです。 

アール・デコについてはいろいろな説明がありますが、この解説はかなり言いえているように思います。 イギリスを隅々まで旅してみて、どんな小さな田舎の村にも、第一次大戦の戦没者を悼む記念碑が建っているのを知りました。 英国人の暮らしを根底から揺るがした出来事であったことが想像されるのです。

そして時はくだって世界は再び戦争の惨禍に見舞われることになりました。 この品が作られた1943年は第二次大戦の最中になります。 英国は戦勝国とはなったものの、大変な時期であったことは間違いありません。 ロンドンはドイツから弾道ミサイルの攻撃を受けたり、爆撃機による空襲も頻繁にありました。 私の住む街はロンドンの北の郊外で爆撃の目標にはならなかったようですが、近所のお年寄りの話では、ロンドンを空襲した帰りの爆撃機が、余った爆弾を燃料節約の為に投棄していくコースに当たっていて、怖かったとのこと。 

とは言うものの、写真のようなピアストワークの素晴しい、不要不急の銀製品を作っていたとは、当時のイギリスは結構余裕もあったんだなあ、と思うのです。

このころの時代を知る手掛かりとして、近所のゴルフ場でシニアゴルファーのおじいさんからお話を伺ったことがあります。 そのゴルフ場は1935年にオープンして七十年以上の歴史があるのですが、そのおじいさんが子供の頃に初めてプレーしたのが1942年だったそうです。 当時は戦争中でガソリンは貴重だったので、芝刈り用のトラクターが使えず、羊を放牧してフェアウェーの芝の長さを調整していたとのこと。 「たまに羊にボールが当たって大変だったよ。」とおっしゃっていました。

そのおじいさんはイギリス貴族というわけではなくて、いわゆる庶民にあたる方と思いますが、イギリスでは戦争中も普通の人たちがゴルフをしていたのかーと。 ガソリン不足で芝刈りが大変だったのは分かるけど、日本のおじいちゃん、おばあちゃんから聞いてきた戦争の苦労と比べると、どうでしょうか? 戦争というものは、勝つ側と負ける側では、やはり桁違いな相違があるものだと思った次第でした。

写真の銀ティースプーンが作られた当時のイギリスについて、もう一つご紹介しましょう。 1946年4月に発表されたエセル・ローウェル氏の『現在の意味』という論文に、第二次大戦中のロンドンにおける空襲後の一婦人の話があります。

『爆撃の一夜が明けてから、一人の婦人が砲撃された我が家の戸口に幾度も行って、心配そうに往来をあちこち見ていた。 一人の役人が彼女に近づいて、「何か用ならしてあげましょうか。」

彼女は答えた、「ええ、どこかその辺に牛乳屋さんはいませんでしたか。うちの人が朝のお茶が好きなものですから。」

過去は敵意あり、未来は頼みがたい、が、道づれとなるべき現在は彼女とともにそこにあった。 人生は不安定であった。 しかし、…… 彼女の夫は一杯の朝の茶をほしがった。』(引用終り)

「絶対的現在(=永遠の今)」にしっかり足をつけて立つという意味で、私はこのお話が好きです。 
アール・デコ スターリングシルバー ティースプーン with ピアストワーク


No. 19377 グッドラック ホースシュー ネイル デザイン スターリングシルバー ティースプーン
長さ 9.7cm、重さ 8g、最大幅 2.35cm、柄の最大幅 9mm、1933年 バーミンガム アセイオフィス、一本 三千八百円(6本あります。)

グッドラック ホースシューネイル デザインの純銀ティースプーンです。

イギリスではホースシューがグッドラック アイテムとされますが、そのホースシューを打ち付ける釘も、グッドラック アイテムとされていて、ホースシューネイルを使ったアートの分野があります。

写真のティースプーンは、アール・デコの時代に登場した、そうした分野の一つに位置する銀製品です。

ティーやコーヒーのたびに、グッドラックも一緒にという趣向は楽しいと思います。 また、シルバーそのものにもグッドラックの要素があり、ダブル・グッドラックで、イギリスでは人気があったものでしょう。

アール・デコの直線系デザインということもあって、モダンな印象もありますが、ブリティッシュ ホールマークを判読すると、今から八十年ほど前の1933年に作られたシルバーウェアであることが分かります。 まさにアール・デコ時代の真っ只中の作となっています。

ホールマークの中のデートレターを判読することによって、製作年を特定できることは、英国アンティークシルバーのすぐれた特徴です。

1920年代、30年代はアール・デコの時代ですが、ヴィクトリアンあるいはエドワーディアンの伝統的で凝ったシルバーデザインとは大きく異なる変更が、この時代にあったことは、とても興味深いと思います。 ある解説によれば、このデザイン上の大きな断絶を生み出した最大の要因は第一次大戦だったと言われています。 当時の人たちはヴィクトリアンとエドワーディアンの輝かしい伝統の延長上に世界大戦が起こったことに大きなショックを覚え、ポストワーの時代には、昔の時代から距離を置きたいと望む風潮が強く、そこにアール・デコがぴたりとはまったというわけです。 

アール・デコについてはいろいろな説明がありますが、この解説はかなり言いえているように思います。 イギリスを隅々まで旅してみて、どんな小さな田舎の村にも、第一次大戦の戦没者を悼む記念碑が建っているのを知りました。 英国人の暮らしを根底から揺るがした出来事であったことが想像されるのです。

ボール裏面にはブリテッィシュホールマークがしっかり深く刻印されています。 ホールマークは順に「Ethel Mary Ventress」のメーカーズマーク、シェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1939年のデートレターです。 メーカーの「Ethel Mary Ventress」は、ティーストレーナーの分野ではイギリスの定番モデルを多く作っているシルバースミスなので、聞き覚えのある方も多いでしょう。

ホースシューはイギリスではグッドラックの意味があって人々に好まれます。 縁起のよさが好まれ、パブの看板に蹄鉄三つが描かれて、写真四番目のような「Three Horseshoes」なんていう名前のパブもありますので、「ホースシュー=幸運」の図式はイギリス人の暮らしに深く根ざしていることが分かります。

シャーロック・ホームズの『白銀号事件』を読んでいましたら、ホームズの「I think that I shall put this horseshoe into my pocket for luck.(このホースシューは幸運があるように、私が貰っておきましょう。)」という台詞に出会いました。 この探偵小説は1892年12月に発表されていますので、少なくともヴィクトリアンの頃には、「ホースシュー=グッドラック(幸運)」の連想があったことが分かります。 シャーロック・ホームズ シリーズには、アンティークなヴィクトリアンの暮らし向きが読み取れる場面が豊富なので、注意して読むと面白いようです。

それでは、なぜホースシューが好まれるようになったのか。 ヴィクトリア時代に書かれた 『The Horse Shoe, The True Legend of St. Dunstan and The Devil』 という書物には、ホースシューにまつわる伝説が書かれています。 その概要をご紹介してみましょう。

後にカンタベリー大司教になったセント・ダンスタンは、ハープを弾くのが上手で鍛冶屋の仕事もこなす器用な人でした。 ダンスタンが夜にハープを奏でていると、デビルがやって来て邪魔をするようになりました。 デビルの悪戯に困ったダンスタンは一計を案じて、蹄鉄を取替えに来たデビルの蹄足にホースシューの留め釘を深く打ち込んだのでした。 

痛がるデビルにダンスタンはこう言います。 「これからは礼拝の邪魔をしないこと、音楽を奏でる邪魔をしないこと、そしてホースシューを掲げた家には寄り付かないこと。 これを守るなら直して進ぜよう。」 デビルはダンスタンと契約をかわし、以降はホースシューが魔除けの役割を果たすようになり、さらには Good Luck をもたらすお守りとされるようになったのでした。

ライオンの刻印は英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになり、重要な刻印です。 このライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 

横歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から470年ほど前の1544年のことになります。 これは当時チューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。 

銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

歴史や伝統に格別なこだわりを持つイギリス人は、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)にも特別な愛着があって、五百年の長きにわたって、この刻印を使い続けて今日に到っております。

彫刻のないプレーンタイプになりますが、品のよいフォルムは十分に美しく、磨きぬかれたソリッドシルバーの輝きを楽しむのも、またよいのではと思わせてくれるアンティーク スプーンと感じます。

お客様から、なるほどと思わせていただいたお話がありますので、ご紹介させていただきましょう。 
『先日北海道では珍しい大型台風が通過し、短時間ですが停電となってしまいました。夜、仕方がないので古い灯油ランプを持ち出し屋内の照明としたのですが、以前手配いただいたティースプーンをランプの光にかざしてみたところ、ほの暗い明るさの中、スプーンのボウル内や彫刻の輝きにしばし見とれました。銀のアンティークには点光源の古い照明が合うようです。また昔の貴族が銀器を重用したのもうなずける気がします。』

私はアンティーク ランプ ファンで、早速に試してみたのですが、シルバーにアンティークランプの灯がほんのりと映って揺れているのを見ていると、なんだか心が落ち着くものでした。

グッドラック ホースシュー ネイル デザイン スターリングシルバー ティースプーン(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 19378 グッドラック ホースシュー ネイル デザイン スターリングシルバー ティースプーン
長さ 10.7cm、重さ 10g、最大幅 2.45cm、柄の最大幅 9.5mm、Ethel Mary Ventress作、1939年 シェフィールド アセイオフィス、一本 四千五百円(6本あります。)

グッドラック ホースシューネイル デザインの純銀ティースプーンです。

イギリスではホースシューがグッドラック アイテムとされますが、そのホースシューを打ち付ける釘も、グッドラック アイテムとされていて、ホースシューネイルを使ったアートの分野があります。

写真のティースプーンは、アール・デコの時代に登場した、そうした分野の一つに位置する銀製品です。

ティーやコーヒーのたびに、グッドラックも一緒にという趣向は楽しいと思います。 また、シルバーそのものにもグッドラックの要素があり、ダブル・グッドラックで、イギリスでは人気があったものでしょう。

ボール裏面にはブリテッィシュホールマークがしっかり深く刻印されています。 ホールマークは順に「Ethel Mary Ventress」のメーカーズマーク、シェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1939年のデートレターです。 メーカーの「Ethel Mary Ventress」は、ティーストレーナーの分野ではイギリスの定番モデルを多く作っているシルバースミスなので、聞き覚えのある方も多いでしょう。

ホースシューはイギリスではグッドラックの意味があって人々に好まれます。 縁起のよさが好まれ、パブの看板に蹄鉄三つが描かれて、写真四番目のような「Three Horseshoes」なんていう名前のパブもありますので、「ホースシュー=幸運」の図式はイギリス人の暮らしに深く根ざしていることが分かります。

シャーロック・ホームズの『白銀号事件』を読んでいましたら、ホームズの「I think that I shall put this horseshoe into my pocket for luck.(このホースシューは幸運があるように、私が貰っておきましょう。)」という台詞に出会いました。 この探偵小説は1892年12月に発表されていますので、少なくともヴィクトリアンの頃には、「ホースシュー=グッドラック(幸運)」の連想があったことが分かります。 シャーロック・ホームズ シリーズには、アンティークなヴィクトリアンの暮らし向きが読み取れる場面が豊富なので、注意して読むと面白いようです。

それでは、なぜホースシューが好まれるようになったのか。 ヴィクトリア時代に書かれた 『The Horse Shoe, The True Legend of St. Dunstan and The Devil』 という書物には、ホースシューにまつわる伝説が書かれています。 その概要をご紹介してみましょう。

後にカンタベリー大司教になったセント・ダンスタンは、ハープを弾くのが上手で鍛冶屋の仕事もこなす器用な人でした。 ダンスタンが夜にハープを奏でていると、デビルがやって来て邪魔をするようになりました。 デビルの悪戯に困ったダンスタンは一計を案じて、蹄鉄を取替えに来たデビルの蹄足にホースシューの留め釘を深く打ち込んだのでした。 

痛がるデビルにダンスタンはこう言います。 「これからは礼拝の邪魔をしないこと、音楽を奏でる邪魔をしないこと、そしてホースシューを掲げた家には寄り付かないこと。 これを守るなら直して進ぜよう。」 デビルはダンスタンと契約をかわし、以降はホースシューが魔除けの役割を果たすようになり、さらには Good Luck をもたらすお守りとされるようになったのでした。

ライオンの刻印は英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになり、重要な刻印です。 このライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 

横歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から470年ほど前の1544年のことになります。 これは当時チューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。 

銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

歴史や伝統に格別なこだわりを持つイギリス人は、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)にも特別な愛着があって、五百年の長きにわたって、この刻印を使い続けて今日に到っております。

彫刻のないプレーンタイプになりますが、品のよいフォルムは十分に美しく、磨きぬかれたソリッドシルバーの輝きを楽しむのも、またよいのではと思わせてくれるアンティーク スプーンと感じます。

お客様から、なるほどと思わせていただいたお話がありますので、ご紹介させていただきましょう。 
『先日北海道では珍しい大型台風が通過し、短時間ですが停電となってしまいました。夜、仕方がないので古い灯油ランプを持ち出し屋内の照明としたのですが、以前手配いただいたティースプーンをランプの光にかざしてみたところ、ほの暗い明るさの中、スプーンのボウル内や彫刻の輝きにしばし見とれました。銀のアンティークには点光源の古い照明が合うようです。また昔の貴族が銀器を重用したのもうなずける気がします。』

私はアンティーク ランプ ファンで、早速に試してみたのですが、シルバーにアンティークランプの灯がほんのりと映って揺れているのを見ていると、なんだか心が落ち着くものでした。

グッドラック ホースシュー ネイル デザイン スターリングシルバー ティースプーン(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)グッドラック ホースシューグッドラック ホースシュー 釘


No. 19027 グッドラック ホースシュー ネイル デザイン スターリングシルバー ティースプーン
長さ 9.3cm、重さ 7g、最大幅 2.2cm、柄の最大幅 6.5mm、1955年 シェフィールド アセイオフィス、一本 三千五百円(6本あります-->3本あります。)

グッドラック ホースシューネイル デザインの純銀ティースプーンです。

イギリスではホースシューがグッドラック アイテムとされますが、そのホースシューを打ち付ける釘も、グッドラック アイテムとされていて、ホースシューネイルを使ったアートの分野があります。

写真のティースプーンは、アール・デコの時代に登場した、そうした分野の一つに位置する銀製品です。

ティーやコーヒーのたびに、グッドラックも一緒にという趣向は楽しいと思います。 また、シルバーそのものにもグッドラックの要素があり、ダブル・グッドラックで、イギリスでは人気があったものでしょう。

写真二番目に見えるように、ボールの裏面にはブリティッシュ シルバーホールマークがしっかり刻印されているのもよいでしょう。 ホールマークは順にメーカーズマーク、シェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1955年のデートレターになります。

写真二番目で見て、左から三つ目にあるライオンの刻印が、英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになり、重要な刻印です。 このライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 

横歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から470年ほど前の1544年のことになります。 これは当時チューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。 

銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

歴史や伝統に格別なこだわりを持つイギリス人は、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)にも特別な愛着があって、五百年の長きにわたって、この刻印を使い続けて今日に到っております。

ホースシューはイギリスではグッドラックの意味があって人々に好まれます。 縁起のよさが好まれ、パブの看板に蹄鉄三つが描かれて、写真三番目のような「Three Horseshoes」なんていう名前のパブもありますので、「ホースシュー=幸運」の図式はイギリス人の暮らしに深く根ざしていることが分かります。

シャーロック・ホームズの『白銀号事件』を読んでいましたら、ホームズの「I think that I shall put this horseshoe into my pocket for luck.(このホースシューは幸運があるように、私が貰っておきましょう。)」という台詞に出会いました。 この探偵小説は1892年12月に発表されていますので、少なくともヴィクトリアンの頃には、「ホースシュー=グッドラック(幸運)」の連想があったことが分かります。 シャーロック・ホームズ シリーズには、アンティークなヴィクトリアンの暮らし向きが読み取れる場面が豊富なので、注意して読むと面白いようです。

それでは、なぜホースシューが好まれるようになったのか。 ヴィクトリア時代に書かれた 『The Horse Shoe, The True Legend of St. Dunstan and The Devil』 という書物には、ホースシューにまつわる伝説が書かれています。 その概要をご紹介してみましょう。

後にカンタベリー大司教になったセント・ダンスタンは、ハープを弾くのが上手で鍛冶屋の仕事もこなす器用な人でした。 ダンスタンが夜にハープを奏でていると、デビルがやって来て邪魔をするようになりました。 デビルの悪戯に困ったダンスタンは一計を案じて、蹄鉄を取替えに来たデビルの蹄足にホースシューの留め釘を深く打ち込んだのでした。 

痛がるデビルにダンスタンはこう言います。 「これからは礼拝の邪魔をしないこと、音楽を奏でる邪魔をしないこと、そしてホースシューを掲げた家には寄り付かないこと。 これを守るなら直して進ぜよう。」 デビルはダンスタンと契約をかわし、以降はホースシューが魔除けの役割を果たすようになり、さらには Good Luck をもたらすお守りとされるようになったのでした。

グッドラック ホースシュー ネイル デザイン スターリングシルバー ティースプーン(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)グッドラック ホースシューグッドラック ホースシュー 釘


No. 19367 Peter, Ann & William Bateman ジョージ三世 スターリングシルバー オールドイングリッシュ パターン ブライトカット ティースプーン SOLD 
長さ 12.2cm、重さ 12g、ボール部分の長さ 4.2cm、最大幅 2.5cm、ボールの深さ 6mm、柄の最大幅 1.1cm、1799年 ロンドン、Peter, Ann & William Bateman作、SOLD

19366と19367は同じ製作年の「PB,AB,WB」ですが、彫りのデザインが違います。サイズは同じ、彫刻されたイニシャルも同じですから、同じお客様の求めに応じて作られた品でありましょう。

べイトマン銀工房のデザイン感覚なのか、製作を依頼したお客様の希望なのか分かりませんが、セットであれば同じにするというデザイン感覚とは違ったフィーリングが二百二十年前のべイトマン工房にはあったと分かる事例で、とても興味深く思いました。 

二つ合わせて、ミュージアム ピースとまで言えるかどうか分かりませんが、少なくとも、今とは違った当時のデザイン感覚を伝えているアンティークシルバーであることは、特筆に値するでしょう。
Peter, Ann & William Bateman ジョージ三世 スターリングシルバー オールドイングリッシュ パターン ブライトカット ティースプーン (英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 19366 Peter, Ann & William Bateman ジョージ三世 スターリングシルバー オールドイングリッシュ パターン ブライトカット ティースプーン SOLD
長さ 12.2cm、重さ 12g、ボール部分の長さ 4.2cm、最大幅 2.5cm、ボールの深さ 6mm、柄の最大幅 1.1cm、1799年 ロンドン、Peter, Ann & William Bateman作、SOLD

写真四番目のように、ホールマークは順にスターリングシルバーを示すライオンパサント、1799年のデートレター、ジョージ三世の横顔はデューティーマーク、そして 「PB,AB,WB」はメーカーズマークになります。 

Peter, Ann & William Bateman ジョージ三世 スターリングシルバー オールドイングリッシュ パターン ブライトカット ティースプーン (英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 19023 エドワーディアン スターリングシルバー 植物文様 ウェーブパターン & ブライトカット ティースプーン
長さ 11.0cm、重さ 13g、ボール部分の長さ 3.5cm、最大幅 2.3cm、ボールの深さ 6.5mm、柄の最大幅 1.1cm、1913年 シェフィールド、5,800円
エドワーディアン スターリングシルバー 植物文様 ウェーブパターン & ブライトカット ティースプーンエドワーディアン スターリングシルバー 植物文様 ウェーブパターン & ブライトカット ティースプーンエドワーディアン スターリングシルバー 植物文様 ウェーブパターン & ブライトカット ティースプーン


No. 19024 エドワーディアン スターリングシルバー 植物文様 ウェーブパターン & ブライトカット ティースプーン SOLD
長さ 11.0cm、重さ 13g、ボール部分の長さ 3.5cm、最大幅 2.3cm、ボールの深さ 6.5mm、柄の最大幅 1.1cm、1913年 シェフィールド、SOLD
エドワーディアン スターリングシルバー 植物文様 ウェーブパターン & ブライトカット ティースプーン


No.19161 エドワーディアン スターリングシルバー ティースプーン 一部 SOLD
長さ 10.1cm、重さ 7g、ボール部分の長さ 3.3cm、最大幅 2.3cm、ボールの深さ 5mm、柄の最大幅 1.25cm、柄の最大厚み 2.5mm、1908年 バーミンガム、一本 3,800円 (6本あります-->5本あります。)

エドワーディアン スターリングシルバー ティースプーン


No. 19111 ヴィクトリアン スターリングシルバー スプーン with ピアストワーク SOLD
長さ 8.9cm、重さ 8g、ボール部分の長さ 2.4cm、透かし柄の最大幅 1.85cm、ボールの深さ 5mm、1900年 ロンドン、Goldsmiths & Silversmiths Company作、SOLD

ヴィクトリアン スターリングシルバー マスタード スプーン with ピアスト ワーク


No. 19108 ヴィクトリアン シルバープレート スプーン (ヴィクトリア女王 ダイヤモンド ジュビリー コメモレーション) 一部 SOLD
長さ 13.4cm、重さ 23g、ボール部分長さ 4.5cm、最大幅 2.8cm、深さ 7mm、柄の最大幅 1.9cm、1897年 英国製、2,800円 (6本あります-->4本あります-->2本あります。)
ヴィクトリア女王の戴冠60・Nを記念したダイヤモンド ジュビリー コメモレーションのシルバープレート スプーンです。 柄先にはヴィクトリア女王が即位した1837年とダイヤモンドジュビリーの年である1897年の二つの年が、王冠とヴィクトリア女王の横顔と共にレリーフしてあります。 

シルバープレートものではありますが、23グラムと持ちはかりがあって、柄のデザインもよろしい、重厚な雰囲気のスプーンに仕上がっております。 コメモレーションものであることから製作年が特定できることもアンティークとして良い特徴になっています。 イギリスにはヴィクトリア梠繧フアンティークを指して「Victoriana」というアンティーク分野がありますが、この品はヴィクトリアーナのベーシックとも言えましょう。

重さが23グラムというと、かなりの持ちはかりであり、ティースプーンとして使うには、ちょっと大き過ぎると感じるのが、現代人の感覚かと思います。 ヨーグルトを食べたり、普段gいの一本としてお使いいただけるでしょう。 お茶にあわせて使ってみると、その存在感は圧倒的なので、これまたヴィクトリア梠繧ノ思いを馳せるに、よきアンティークであって、話題性の面でもおすすめできるヴィクトリアーナです。 

ダイヤモンド ジュビリーの盛大な催しは1897年6・2日に行われました。 ヴィクトリア女王のパレードはバッキンガム宮殿からセントポール實@を経て、ロンドンブリッジを渡り、テムズ川の南にまで進み、沿道は大変な賑わいだったようです。 女王は日記に以下のように記しています。 『今日私が人々から受けたような熱烈な喝采を、これまで受けた者はいないだろうと思う。 沿道の人たちの歓喜は大変なもので、人々の顔は真の喜びで満ち溢れていた。 рヘとても心を動かされ、満たされた気揩ソになった。』

ヴィクトリア女王は若干18歳で英国王になりました、それから1901年までの64年間がヴィクトリア梠繧ナす。 彼女が国王になった時、彼女ゥ身も、また多くの英国民も、その後のこの国の大発展を予期していなかったろうと言われています。 しかし実際にはヴィクトリア女王の治世に、英国は大いに伸長し、世界j上これまでなかった規模の大帝国となりました。
テクノロジーの面でもヴィクトリアンの頃は大発明時代で、今見ても驚くような立派な発明から、笑ってしまうような発明までいろいろあって、この時代のダイナミックさには大きな魅力があるのです。 「Victoriana」というアンティーク分野があるのも、さもありなんです。

1861年にはヴィクトリア女王の夫君であったアルバート公が亡くなっています。この年を境にクィーン・ヴィクトリアの人生に大きな変化があったことは想像に難くないでしょう。 タ際のところ、その変化はとても大きなものでした。 ヴィクトリア女王はそれから二十年以上の長きにわたって喪に服したのです。 晩年のヴィクトリア女王というと、黒い衣装を着た姿を思い浮かべる英国民が多いのはそのためです。 

しかしそれはヴィクトリア女王のアルバート公との暮らしがそれだけ幸せであったことの裏返しでもあります。 ドイツ出身のアルバート公は「simple & strict」な家庭生活をとても大切にする夫君でした。 二人の間には九人の子供が生まれ、家族ともどものFamily Excursion(遠足)のほほえましい様qなどは、当桙フ英国民にとって良き模範となったのです。

ついでに、今では世界中に広まったクリスマスツリーは、元々はドイツのローカルな風習で、それをまずイギリスで普及させたのはヴィクトリア&アルバート夫妻です。

当桙フ英国の様qについては、「英国アンティーク情報」欄 「13. 英国陶器の街とクリスマスのアンティークな見方」と「14. Still Victorian」の解説記魔熏椹てご覧ください。
ヴィクトリアン シルバープレート ティースプーン (ヴィクトリア女王 ダイヤモンド ジュビリー コメモレーション)


No. 19084 オールド イングリッシュ パターン スターリングシルバー ティースプーン 一部 SOLD
長さ 11.1cm、重さ 13g、ボール部分の長さ 3.8cm、最大幅 2.35cm、ボールの深さ 5mm、柄の最大幅 1.2cm、1933年 シェフィールド、Ethel Mary Ventress作、3,300円 (6本あります-->4本あります-->3本あります。)
ハ真の銀スプーンは、英国における長い銀製品の歴史の中でも、特にオーソドックスなフォルムの銀スプーンで、オールド イングリッシュ パターンと呼ばれます。

ハ真二番目の見えるホールマークは順に、1933年のデートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、シェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、そしてメーカーズマークになります。

メーカーズマークの「EV」は Ethel Mary Ventressというシルバースミスを示し、デコラティブな透かしデザインのティーストレーナーで有名です。

オールドイングリッシュ パターンについては、英国アンティーク情報欄の「4.イングリッシュ スプーンパターン」にあります解説もご参考ください。
オールド イングリッシュ パターン スターリングシルバー ティースプーン


No. 19032 エドワーディアン アール・ヌーボー スターリングシルバー ティースプーン
長さ 11.2cm、重さ 13g、ボール部分の長さ 3.6cm、最大幅 2.35cm、ボールの深さ 6mm、柄の最大幅 1.35cm、1911年 シェフィールド、James Deakin & Sons作、5,800円

今から百年以上前の1911年に作られた、アール・ヌーボーのデザインが特徴的なスターリングシルバー スプーンです。 これまで長いこと銀スプーンを扱ってきましたが、ハ真のような品は見かけたことがなく、第一印象はブリティッシュシルバーではないように思いました。 

ところが、ブリティッシュ シルバー ホールマークが刻印されており、シルバースミスは有名どころのJames Deakin & Sonsと分かり、さらには、英国のパテントオフィスにデザインを登録したレジスター番号『Rd.589543』まで揃っていることから、これはもう正真正銘の英国アンティーク シルバー以外の何者でもありません。

James Deakin & Sonsが手がけたアール・ヌーボーということで、興味深く見ております。 それにしても、あまり見かけないレアな品であることから、James Deakin & Sonsによる少量生産だったのだろうと思います。

ハ真二番目に見えるように、裏面にはブリティッシュ ホールマークが刻印されています。 ホールマークは順にシェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、1911年のデートレター、そしてJames Deakin & Sonsのメーカーズマークです。

シルバースミスvJames Deakin & Sons Ltd」は、1865年にジェームス・ディーキンによってシェフィールドで創業されたのが始まりです。 1886年には彼の三人の息子達、ウィリアム、ジョン、アルバートもパートナーに加わり、ファミリービジネスとして上述の社名に変更し、幕ニは順調に発展していきました。 1888年にはロンドンx店開設、ヴィクトリア後期の1890年代には、スコットランドのグラスゴーとアイルランドのベルファストにも支店を開設しています。 
しかし多くのシルバースミスがそうであったように、幕ニのピークは英国の国力がピークであったビクトリア後期からエドワーディアンの時代にあったようです。 その後は事業を次第に縮小していき第二次世界大戦が始まった1940年には店を閉めました。 メーカーズマークの「JD WD」はJohn & William Deakinのイニシャルになっています。 

エドワーディアン アール・ヌーボー スターリングシルバー ティースプーン


No. 19034 グッドラック クローバー モチーフ スターリングシルバー ティースプーン with ゴールドギルト & 青エナメルワーク
長さ 10.0cm、重さ 10g、ボール部分の最大幅 1.9cm、ボールの深さ 5mm、柄の最大厚み 2mm縺Aデンマーク製、3,300円 (青エナメル1本あります。)
スターリングシルバーのティースプーンで、裏面には素材のスターリングシルバーを示す「STERLING」の文字と、デンマーク製を示す「DENMARK」の国名が見えます。 全体がゴールドギルトされており、さらに柄先に向かってエナメルワークが施されています。

エナメルはクローバーの形に抜けたデザインで、クローバーの葉っぱが並んだ中には四葉のクローバーもあって、グッドラック効果が増しているように感じます。 モチーフもよいですし、可愛らしい小品と思います。

モチーフとしてのクローバーについて、英語には「live in the clover (安楽に暮らす)」という言い回しがあり、こうしたクローバーのよい意味合いが、シルバーウェアに込められています。 クローバーと安楽の繋がりについて、牧草を刈り入れしていたファーマーの方から教えていただいたことがあるので、ご紹介しておきましょう。 

牧草など植物の成長には土中の窒素分が必要ですが、クローバーは進化した植物で、大気中の窒素を直接に取り込んで養分に出来るのだそうです、そのため、クローバーのある畑は肥沃になります。 また家畜の飼料としてもクローバーの繊維質とプロテインが動物たちの成長に欠かせないのだそうです。 と言うわけで、クローバーに恵まれた農場は栄え、安楽に暮らしてゆけるということでした。

エナメルワークとは日本語で言うと「オ宝焼き」のことで、金属にガラスソv縉薬を焼き付ける装飾技法です。 元々は古代エジプトに起源を持ちますが、奈良時代には日本にも伝来しました。 その後、オ宝焼きは日本で技術的な発展を遂げ、ヴィクトリア梠繧フ英国では、逆に日本の技術が大いに研究もされました。 

このあたりの経緯は、「英国アンティーク情報」欄の「10.エルキントンミのシルバープレート技術と明治政府の岩倉g節団」後半に解説がありますので、ご参考まで。 
グッドラック クローバー モチーフ スターリングシルバー ティースプーン with ゴールドギルト & 赤エナメルワーク


No. 19033 グッドラック クローバー モチーフ スターリングシルバー ティースプーン with ゴールドギルト & 赤エナメルワーク
長さ 10.0cm、重さ 10g、ボール部分の最大幅 1.9cm、ボールの深さ 5mm、柄の最大厚み 2mm縺Aデンマーク製、3,300円 (赤エナメル1本あります。)
スターリングシルバーのティースプーンで、裏面には素材のスターリングシルバーを示す「STERLING」の文字と、デンマーク製を示す「DENMARK」の国名が見えます。 全体がゴールドギルトされており、さらに柄先に向かってエナメルワークが施されています。

エナメルはクローバーの形に抜けたデザインで、クローバーの葉っぱが並んだ中には四葉のクローバーもあって、グッドラック効果が増しているように感じます。 モチーフもよいですし、可愛らしい小品と思います。

モチーフとしてのクローバーについて、英語には「live in the clover (安楽に暮らす)」という言い回しがあり、こうしたクローバーのよい意味合いが、シルバーウェアに込められています。 クローバーと安楽の繋がりについて、牧草を刈り入れしていたファーマーの方から教えていただいたことがあるので、ご紹介しておきましょう。 

牧草など植物の成長には土中の窒素分が必要ですが、クローバーは進化した植物で、大気中の窒素を直接に取り込んで養分に出来るのだそうです、そのため、クローバーのある畑は肥沃になります。 また家畜の飼料としてもクローバーの繊維質とプロテインが動物たちの成長に欠かせないのだそうです。 と言うわけで、クローバーに恵まれた農場は栄え、安楽に暮らしてゆけるということでした。

エナメルワークとは日本語で言うと「オ宝焼き」のことで、金属にガラスソv縉薬を焼き付ける装飾技法です。 元々は古代エジプトに起源を持ちますが、奈良時代には日本にも伝来しました。 その後、オ宝焼きは日本で技術的な発展を遂げ、ヴィクトリア梠繧フ英国では、逆に日本の技術が大いに研究もされました。 

このあたりの経緯は、「英国アンティーク情報」欄の「10.エルキントンミのシルバープレート技術と明治政府の岩倉g節団」後半に解説がありますので、ご参考まで。 
グッドラック クローバー モチーフ スターリングシルバー ティースプーン with ゴールドギルト & 赤エナメルワーク





No. 18752 ラッキー クローバー モチーフ スターリングシルバー ティースプーン
長さ 11.0cm、重さ 14g、ボールの深さ 5mm、柄の最大幅 1.0cm、柄の最大厚み 2.5mm、1919年 シェフィールド、一本 4,800円 (6本あります。)
闥、りのラッキー クローバーが上下に二つ見えています。 よく見ていくと、葉っぱの大きさに大小あって、一本一本が手作りの味わいが感じられます。 柄の最大厚みは2.5ミリあって、ティースプーンとしてはかなり厚めなつくりと思います。 閧ノしてみると銀の質感が心地よく、しっかりした銀のスプーンであるところは、とても英国風といえましょう。

ハ真二番目に側面の様qを撮ってみました。 銀が分厚く使われてることがお分かりいただけると思います。

作られたのは今から九十年以上前の1919年になります。 英国で「アンティーク」という言葉を厳密な意味で使うと、「百年以上の時を経た品」を指すことになります。 そんな訳で、英語で言うと「It will become an antique in four years. (この品はあと四年でアンティークになります。)」という言い方をされることがあります。 アンティークコレクターにとっては、やはり百年という年撃フ経過は大きなメルクマールになりますので、上記のような会話がなされる機会も多いのです。 

この銀のスプーンが作られたのは1919年ですから、正式なアンティークに昇格するまでにあとまだ数年が必要になる計Zです。 しかし、気に入った古いものを使っていくうちに、その品が自分の手元で‘アンティーク’になっていくことは、コレクターの喜びとも言えますので、この銀スプーンには、そんな楽しみ方もあるかと思うのです。

ハ真O番目に見えるように、裏面にはブリティッシュ ホールマークがどれもしっかり深く刻印されているのもよいでしょう。 ホールマークは順にメーカーズマーク、1919年のデートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そしてシェフィールド アセイオフィスの王冠マークになります。

英語には「live in the clover (安楽に暮らす)」という言い回しがあり、こうした三つ葉 クローバーの良い意味合いが、このアンティークには込められています。 クローバーと安楽の繋がりについて、牧草を刈り入れしていたファーマーの方から教えていただいたことがあるので、ご紹介しておきましょう。 

牧草など植物の成長には土中の窒素分が必要ですが、クローバーは進化した植物で、大気中の窒素を直接に取り込んで養分に出来るのだそうです、そのため、クローバーのある畑は肥沃になります。 また家畜の飼料としてもクローバーの繊維質とプロテインが動物たちの成長に欠かせないのだそうです。 と言うわけで、クローバーに恵まれた農場は栄え、安楽に暮らしてゆけるということでした。
ラッキー クローバー モチーフ スターリングシルバー ティースプーン


No. 18753 スターリングシルバー ピアストワーク ティースプーン
長さ 11.35cm、最大横幅 2.35cm、透かし柄の最大幅 1.5cm、柄の最大厚み 2mm、重さ 11g、1979年 シェフィールド、3,300円

透かしv畉麗なスターリングシルバーのティースプーンです。 裏面にはブリティッシュ ホールマークがしっかりなのもグッドです。 

ゴルフ関連の銀製品と思いますが、ある意味とても英国風なシルバーウェアと言えるでしょう。 イギリスではいろいろなスポーツが盛んですが、こういった銀製品との関連の深さでは、ゴルフと射撃が両横綱といった感があります。 今日ではイギリスのゴルフ愛好メも裾野が広がってきているようですが、少し前まではお金持ちのスポーツであったことと関連がありそうに見ております。

ハ真二番目に見えるように、柄の裏面には「R & D」のメーカーズマーク、1979年のデートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そしてシェフィールド アセイオフィスのローズマークが刻印されています。

スターリングシルバー ピアストワーク ティースプーン


No. 18759 スターリングシルバー ティースプーン with ゴルフクラブ &ボール
長さ 11.0cm、重さ 14g、ボール部分の長さ 3.7cm、最大幅 2.35cm、ボールの深さ 7mm、1932年、1933年、シェフィールド、Walker & Hall作、2,800円 (2本あります。)
今から七十年以上前に作られた「Walker & Hall」によるスターリングシルバーのティースプーン ペアで、柄先にはゴルフクラブとボールの飾りが付いています。 
長さが11センチのわりに14グラムと持ちはかりがあって、銀が厚めでしっかりした作りのティースプーンになっています。

スコットランドでゴルフが始まったのは今から五百年以上も前のことで、イギリスには長いゴルフの歴史があるので、いきおいゴルフ関連のシルバーウェアも、よその国と比べれば多いように感じます。

『ゴルフの真髄とは何か? それはゲームに臨んで一人の審判もいないこと。 ゲームに臨んだ人間は、審判不在の状況に身を置いて他から信用を得なければならない。 公明正大、ゥ分を絶対u悦さないのがゴルフである。(ロード・リデルの言葉)』 (ゴルフの風に吹かれて、夏坂健より)

р熄ュしゴルフをしますが、上記のような精神が宿るゴルフというゲームを、イギリス人が好んできた理由がうなずけるように思うのです。

ハ真O番目で見えるように、裏面のホールマークは順に「Walker & Hall」のメーカーズマーク、1932年と1933年のデートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そしてシェフィールドの王冠マークです。

このティースプーンを作ったシルバースミス「Walker & Hall」のメーカーズマークは、O角フラッグの中に「W&H」と書かれたマークが多いのですが、この品の刻印は別バージョンのメーカーズマークになっています。

また、この銀工房の歴史をたどってみると、歴史も長く、評価の高いシルバースミスであったことが分かります。 「Walker & Hall」は1845年にジョージ ウォーカーによって創業され、ヴィクトリアン、エドワーディアンの時代を通じて有望なメーカーに成長しました。第一次世界大戦を境に大英帝国の最盛期が過ぎると、多くのシルバースミスも衰退する運命をたどりましたが、ウォーカー&ホールは第二次大戦後までもずっと仕魔続け、その技術は高い評価を受けていたことから、1970年代に至ってマッピン&ウェッブに買されました。



No. 15761 ティースプーン納木製ケース
縦横13.5cm*14.8cm、厚さ 2.3cm、1,500円
長さが11.6センチくらいまでのスプーンが収納可能と思います。 これはスプーンの上下に5ミリずつほど余白をとったと考えての寸法です。
ティースプーン納木製ケース


No. 15763 ティースプーン納木製ケース
縦横15.2cm*15.8cm、厚さ 2.4cm、1,500円
長さが13センチくらいまでのスプーンが収納可能と思います。 これはスプーンの上下に5ミリずつほど余白をとったと考えての寸法です。
ティースプーン納木製ケース


No. 16764 ティースプーン納木製ケース
縦横10.6cm*12.5cm、厚さ 2.2cm、1,000円(スプーンは見本で付属してはおりません。)
観音開きタイプのティースプーン六本用納木製ケースになります。 

長さが9.3センチくらいまでのスプーンが収納可能と思います。

ハ真で見えるのは16763 ティースプーンで、付属しておりませんが、納桙フ目安にご参考ください。
ティースプーン納木製ケース

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