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アンティーク スターリングシルバー ナイフ 、バターナイフ、フルーツナイフ、チーズナイフ、ペーパーナイフ、他 (1)


No. 18841 マッピン・ブラザース ハンドエングレービング ヴィクトリアン シルバープレート ナイフ 一部 SOLD
長さ 20.8cm、重さ 48g、最大幅 2.55cm、柄の最大幅 1.8cm、柄の最大厚み 3.5mm、1846年から1902年までの英国製、Mappin Brothers作、3,300円 複数本の手持ちあります。
ヴィクトリアン アンティークには、当桙ヘ使われていたけれども、今では役割を終えて、gわれなくなっている品があります。 例えば、ブレッドフォークなどが、そういう品に当たります。 役割を終えたヴィクトリアン アンティークを、現代の暮らしの中で、今風に使ってみると、日常にあってアクセントになりますし、gえるアンティークの楽しみが増すように思います。

ハ真のナイフは、もともとはヴィクトリアン マナーハウスで使われていた、フィッシュイーターのセットと思いますが、今日ではフィッシュ専用のテーブルウェアはほぼ姿を消しましたし、こういった大掛かりなセットもまず見かけなくなりました。

しかし、現代人の視点から、あらためて見直してみると、重厚なヴィクトリアン アンティーク ナイフで、装飾性が高いことと、全体のフォルムのよさからみて、デスク・閧ノ一本置いてペーパーナイフとしてお使いいただくのが、もっともしっくりするように思います。

シルバープレートのヴィクトリアン アンティークになりますが、いろいろと見所があって、お薦めできるよい品と感じます。 

元祖マッピン筋にあたるマッピン・ブラザース作のヴィクトリアン シルバープレート ナイフです。 素材が厚めで、ごっつい感じの作りは、いかにも質実剛健な英国風を感じさせてくれると思います。 柄の最大厚みは、柄元付近で3.5mmもあります。 柄先に向かって柄幅も1.8cmとビックサイズなので、百数十年前に作られたヴィクトリアン アンティークの重厚感を味わうにはもってこいです。 

ハ真五番目にサイドの様qを撮ってみましたので、ご覧いただくと、この品のしっかりした重厚な雰囲気がよりお分かりいただけると思います。 

ハ真O番目で見えるように、柄の裏面にはMAPPIN BROTHERSの刻印があります。 マッピン・ブラザースはマッピン&ウェブの本家筋にあたるシルバースミスですが、1902年にはマッピン&ウェブに吸香禮された経緯があります。 ちなみに1902年と言えば、夏目漱石がロンドンに留学していた頃です。 

シルバープレートの品なのでデートレターはありませんが、Mappin Brothers のメーカーズマークが刻印されていることから、その製作は工房が存在した1846年から1902年のほぼヴィクトリア梠繧ニ限定できること。 そして、この古い品物の背景には、マッピン・ブラザースとマッピン&ウェブのストーリーが横たわっていること。 等々を考えていきますと、こういう品にはアンティークのロマンが感じられて、とても気になるところです。

このアンティークの場合には、まずマッピン・ブラザースという名前のよさに惹かれました。 そして、シルバープレートの品ではデートレターがないのが普通で、製作年が分からないことが一般ですが、この品に関しては工房名とその存在期間から百年以上前の作と分かるところが、とても興味深いと感じております。 まさにシャーロック・ホームズの時代に使われた正真正銘のヴィクトリアン アンティークと分かるのです。

ハ真l番目のように、ブレードに施された彫りの様qは一本一本が微妙に違っていて、ハンドエングレービングであることが確認できます。 今日であれば機械作りが当たり前なこうした品でありましても、職人さんの手仕魔ゥら成り立っていたことは興味深く、このアンティークを生んだヴィクトリアンという時代のなせるわざと言えましょう。 

マッピン関連のアンティークを扱っていると、「Mappin & Webb」とよく似た名前の「Mappin Brothers」というシルバースミスに出会うことがあります。 まさに今回の事例になりますが。。
「Mappin Brothers」は1810年にジョセフ マッピンが創業した工房で、彼には四人の後継ぎ息子がありました。 l人は上から順にフレデリック、エドワード、チャールズ、そしてジョンで、年長の者から順番に父親の見習いを勤めて成長し、1850年頃には引退した父ジョセフに代わって、l兄弟が工房を支えていました。

ところが末っ子のジョンは、工房の運営をめぐって次第に兄たちと意見が合わなくなり、ついに1859年には「Mappin Brothers」を辞めて独立し、「Mappin & Co」という銀工房を立ち上げました。 以後しばらくの間、「Mappin Brothers」と「Mappin & Co」は「元祖マッピン家」を主張しあって争うことになります。

しかし最初のうちは「Mappin Brothers」の方が勢力があったこともあり、1863年には末っ子ジョンの「Mappin & Co」は「Mappin & Webb」に改名することとなりました。 Webbというのはジョンのパートナーであったジョージ・ウェブの名から来ています。

「元祖マッピン家」問題では遅れをとったジョンでしたが、兄たちよりも商売センスがあったようです。 スターリングシルバー製品以外に、シルバープレートの普及品にも力を入れ、目新しい趣向を凝らした品や新鮮なデザインの品を次々と打ち出し、しかも宣伝上手だったのです。 ヴィクトリアン後期には当桙フ新興階級の間でもっとも受け入れられるメーカーに成長し、それ以降のさらなる飛躍に向けて磐石な基盤が整いました。

20世紀に入ってからの「Mappin & Webb」は、「Walker & Hall」や「Goldsmiths & Silversmiths Co」といったライバルの有名メーカーを次々にその傘下に収めて大きくなり、今日に至っています。 

また、「Mappin Brothers」ですが、梠繧フ波に乗り切れなかったのか、1902年には「Mappin & Webb」に吸されてしまっています。 ただ、その頃には三人にお兄さん達はとっくの昔に引退しており、後を継いだエドワードの息子さんも引退して、マッピン家のゆかりはいなかったようです。 そうこう考えると、ジョージアンの創業で、ヴィクトリア梠繧ノ二つに分かれたマッピンが、エドワーディアンに入ってまた一つの鞘に戻れたことはよかったのかなとも思うのです。

シルバープレートウェアについて詳しくは、アンティーク情報欄にあります 「10.エルキントンミのシルバープレート技術と明治新政府の岩倉g節団」の解説記魔烽イ参考ください。

ヴィクトリア梠繧ノマッピン・ブラザースが出した新聞広告について、英国アンティーク情報欄にあります 31. 『Punch:1873年2・2日号』 ヴィクトリアンの英国を伝える週刊新聞もご参考ください。
マッピン・ブラザース ヴィクトリアン ハンドエングレービング シルバープレート ナイフ


No. 18186 ヴィクトリアン スターリングシルバー バターナイフ with マザー オブ パール ハンドル
長さ 16.9cm、重さ 24g、ブレードの最大幅 2.3cm、マザー オブ パール柄の最大幅 1.3cm、1897年 チェスター アセイオフィス、Hilliard & Thomason作、14,800円

かなり美しいヴィクトリアン アンティーク シルバーで、マザー オブ パールの輝きも゚Y麗です。 ブレード部分のハンドエングレービングは一流の仕魔ナ、繊細な小花の彫刻は見事と感じます。

ハンドルに使われているマザーオブ パールという素材は、ミルクホワイトの輝きが内側からこぼれてくるようで、光に当たると見えてくるうっすらとした虹色の輝きe畉麗です。 ハ真のナイフの場合には、木漏れ日のような光の反射が美しいことは言うまでもないことですが、閧ノしてみると、マザー オブ パールのなめらかなカーブには品のよさが感じられて好印象です。

マザー オブ パールの品をお買い上げいただいたお客様から、氓フようなお便りをいただきましたので、ご紹介させていただきます。
『肆の白蝶貝のうっすらとした輝きがとても゚Y麗です。 まるで、嵐が来る前の空のようだと思いました。 上空を凄い速さで白い雲が流れていく中、梵ワ、空全体がぱあっと明るくなる様qゆ蝸髴とさせます。』

イギリスは一日の中でもお天気の移り変わりが激しくて、さっきまで晴れていたかと思うと、一転してにわかに雲が天を覆うことも多く、お客様からの文章にあったような光景をしばしば目にいたします。 なるほどと、マザーオブパールをとてもよく形容しているように思いました。

裏面に四つのブリティッシュ ホールマークがしっかり深く刻んであるのも好印象です。 Hilliard & Thomasonのメーカーズマーク、1897年のデートレター、チェスター アセイオフィスのシティーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサントが刻印されています。

チェスターシルバーというのも希少価値があってポイントとなりましょう。 英国各地のアセイオフィスで検定を受けたスターリングシルバーのおそらく9割以上は、ロンドン、シェフィールド、バーミンガムのいずれかの品で、チェスターは数が少ないのです。 

チェスター アセイオフィスのシティーマークがくっきりと読み取れます。 チェスターのマークは「Three Wheat Sheaves(Oつの麦束)」と呼ばれ、1686年から使われてきたものですが、1962年にチェスターアセイオフィスが閉鎖となったので、今はもうありません。

ウィート シーフ(麦束)とは、豊穣、生産力(Fecundity)、肥沃さ(Fertility)のシンボルで、英国ではラッキーモチーフとして好まれる縁起物です。 そもそも小麦はギリシャ神話に出てくる「農業、豊穣、結婚の女神デーメーテール」を象徴しています。 以前にミントン美術館で見た「ウィート シーフを抱えた少女の絵M」にとても惹かれ、この少女の顔立ちはデーメーテールを意識したのかしらと、妙に気になったのを覚えていて、それ以来どうも私はこのウィート シーフというモチーフに惹かれるのです。

ミントンの絵Mとウィート シーフについて、英国アンティーク情報欄の「13. 英国陶器の街、ストーク オン トレント」の解説記魔ノ写真がありますのでご参考まで。

メーカー名は一流で、当桙フ最高峰の一つと言ってよいでしょう。 「Hilliard & Thomason」は1837年にバーミンガムで、John Hilliard によって会社が起されました。 1840年にはJohn Thomasonとパートナーを組んで、以降はH&Tのメーカーズマークを使っています。 初めの頃は、スナッフボックス、ビネグレット、ワインラベル等の品で人気があったようですが、汨謔ノ商品の幅を広げていきました。 1851年の万国迫莱・ノは、ナイフ、フォーク、スプーン等のフラットウェアも出展しています。 当桙ゥら評判も上々で、「極めて美しく、そして上品に仕上がっており、デザインも巧妙かつ強い印象を与える。」との賛ォを得ています。

この品が作られたヴィクトリア梠繧フ背景については、英国アンティーク情報欄にあります「14. Still Victorian」や「31. 『Punch:1873年2・2日号』 ヴィクトリアンの英国を伝える週刊新聞」の解説記魔烽イ参考ください。 

クイーン ヴィクトリアが若干18歳の若さで英国王位を継承したのは1837年のことで、この年から1900年までの64年間がヴィクトリア梠繧ノあたります。 ヴィクトリア女王は在位期間が長かったことと、その時代は英国の国力が格段に伸張した時期と重なっていた為に、イギリスjの中でも特にポピュラーな国王となりました。 アンティークの分野にあっても、この時代の物品を指すヴィクトリアーナ(Victoriana)という言葉もあって、ヴィクトリア梠繧専門とするコレクタターが大勢いるわけなのです。

ヴィクトリアン スターリングシルバー バターナイフ with マザー オブ パール ハンドル


No. 19010 スターリングシルバー ペーパーナイフ with マザー オブ パール ハンドル
長さ 17.3cm、重さ 26g、柄の最大幅 1.3cm、マザー オブ パール柄の最大厚み 0.7cm、1926年 シェフィールド、James Dixon & Son作、7.800円
今から九十年近く前に作られたスターリングシルバーのペーパーナイフです。 メーカーは有名どころの銀工房で、James Dixon & Sonとなっています。 

ブレード部分には四つのブリティッシュ ホールマークが刻印されています。 ハ真O番目に見えるホールマークは順に、「James Dixon & Son」のメーカーズマーク、1926年のデートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そしてシェフィールドアセイオフィスの王冠マークです。 

シルバースミスの「James Dixon & Son」は、1806年創業、家族的な経営で、職人さんの中には、親、q、孫…と5世代にもわたり、ここで銀製品を作り続けた方もいらしたようです。 シェフィールドで創業後、順調に発展し、1873年にはロンドン進出を果たしました。 1900年頃にはロンドンのお店は5つに増えていました、また1912年にはオーストラリアのシドニーにも支店を開いています。 1851年のロンドン万国迫莱・ノは多くの作品を出品したとの記録が残っており、その後20世紀初頭にかけて、海外での展覧会にも出展し、パリ、メルボルン、ミラノ等で名声を狽オました。 

銀工房は一般に、その創業がヴィクトリア期というケースが多いのですが、「James Dixon & Son」は創業1806年と、ジョージアンの時代にまで遡れる老舗シルバースミスで、評価の高いメーカーの一つと言ってよいでしょう。

17センチほどの長さがあり、サイズ的にはデザートナイフというところですが、ハ真l番目に見えるように、マザー オブ パール ハンドルが柄先に向って細身になっていくフォルムからすると、ペーパーナイフとして形状デザインされたものと思います。

ナイフの背に沿ったラインは手彫りの彫刻です。 中ほどにクルッと周ったスパイラルが施されているのは、ケルティック モチーフを意識した可能性も感じられ、興味深く見ております。

「Spiral=渦巻き、螺旋」というのは、とても重要なケルティックモチーフで、渦巻きは太陽を象徴し、そこからGrowth(成長)、Expansion(拡大)、Energy(活力)の意味合いが導かれます。 イギリスにおけるケルティック リバイバルの潮流の中で渦巻き様のウェーブパターンが流行っていった経緯があります。

ハンドルに使われているマザーオブ パールという素材は、ミルクホワイトの輝きが内側からこぼれてくるようで、光に当たると見えてくるうっすらとした虹色の輝きe畉麗です。 ハ真のペーパーナイフの場合には、木漏れ日のような光の反射が美しいことは言うまでもないことですが、閧ノしてみると、マザー オブ パールのなめらかなカーブには品のよさが感じられて好印象です。

マザー オブ パールの品をお買い上げいただいたお客様から、氓フようなお便りをいただきましたので、ご紹介させていただきます。
『肆の白蝶貝のうっすらとした輝きがとても゚Y麗です。 まるで、嵐が来る前の空のようだと思いました。 上空を凄い速さで白い雲が流れていく中、梵ワ、空全体がぱあっと明るくなる様qゆ蝸髴とさせます。』

イギリスは一日の中でもお天気の移り変わりが激しくて、さっきまで晴れていたかと思うと、一転してにわかに雲が天を覆うことも多く、お客様からの文章にあったような光景をしばしば目にいたします。 なるほどと、マザーオブパールをとてもよく形容しているように思いました。

英国でアンティークという言葉を厳密な意味で使うと、百年以上の時を経た品物を指します、そして百年もので素晴らしいアンティークはそうはないものです。 ハ真の品は正式な‘アンティーク’の仲間入りを果たすまで、あと十年ほど、節目の百年が見えてきております。 気に入った古いものを身近で使っていくうちに、一世紀という節目の年撃迎えられることはコレクターの喜びとも言え、このシルバー アンティークにはそんな楽しみ方もあると思うのです。

そして、イギリスのアンティーク シルバーを手にする大きなメリットの一つに、刻印されたデートレターを判読することによって、アンティークの製作年を一年刻みで特定できることがあります。 英国のホールマーク制度は、その歴史の長さ、制度の継続性、シルバースミスへの徹底の度合い等すべての面で欧州諸国の中でもピカイチなのです。

これは、一つには英国人の国民性によるところが大きいように思います。 舶ィ学を発展させてきたイギリス人は、物事を整理分類するのが大好きで、500年以上にわたりホールマーク制度を維持し発展させてきました。

欧州諸国のホールマークは、ある特定の時代だけだったり、s場が小さく制度が徹底されていなかったりと不備なことが多いようです。 また旅してみると感じるのですが、欧州人にも気ソの違いがあって、偏見かも知れませんが、同じことをイタリア人やスペイン人に要求しても、無理な感じがしないでもありません。

『International Hallmarks on Silver』という本を使うと、過巨舶S年にわたって各国のシルバーホールマーク体系が概観できます。 ざっくり申し上げると、北欧やオランダのホールマーク体系はイギリス寄りで比較的しっかり出来ていて、ラテン系の南欧諸国はちょっとゆるいといったところでしょうか。



No. 19197 エドワーディアン スターリングシルバー バター ナイフ with ピアストワーク
長さ 15.4cm、重さ 20g、ブレードの最大幅 2.2cm、透かし柄の最大幅 1.85cm、1910年 バーミンガム アセイオフィス、17,800円




No. 19159 英国風 ギザギザ鋸(のこぎり)付 Mappin & Webb シルバープレート ケーキナイフ
長さ 27.3cm、重さ 103g、ブレードの最大幅 2.5cm、柄の最大幅 2.4cm、柄の最大厚み1.5cm 、鋸刃の最大幅 2mm、Mappin & Webb作、13,800円

がっちり大きくて、かなり立派なケーキナイフです。 ハ真O番目に見えるように、ブレード部分には「TRUSTWORTY」、「MAPPIN & WEBB」、「SHEFFIELD」、「STAINLESS」とあります。

ナイフブレードとハンドルがユニタイズド構造になっています。 つまりは、しっかり溶接されていて繋ぎ目がない、一体構造となっているもので、これもさすがはマッピン&ウェブというポイントです。 

背の部分に付いた鋸刃の最大幅は2ミリほどあって、これはもう頑丈なる大工道具といった風情でありますが、これがいかにも英国風なのです。

ブレードの背はギザギザと鋸(のこぎり)状になっています。 ケーキをサーブするのに、なぜ鋸かとも思いますが、イギリスのケーキは表面を砂糖の塊のようなアイシングで、こてこてに固めたケーキが多く、タ際のところ切り分けには鋸が必要なのです。

このアイシングたっぷりのイギリス風ケーキというのは、びっくりするほど美味しくないことが多いので不v議です。 日本でこんなケーキが出てきたら、誰もがきっと絶句することでしょう。 しっとりとした普通のケーキとは似ても似つかぬ、水気もなくぱさぱさしたスポンジに砂糖の塊が数ミリの厚さで塗りつけてある食べ物です。

ところがもっと驚くのは、イギリスの子供たちは日本やフランス風のしっとりと美味しいケーキよりも、ぱさぱさごわごわのこうしたケーキがお気に入りなことです。 うちの娘の友達が集まるパーティーで、рェ手作りケーキを作ってもあまり喜ばれません。 近くのスーパーマーケットで買ってきたようなアイシングたっぷりのケーキがいいのです。

このアンティーク ケーキナイフのギザギザした鋸を見ていると、ずっと昔のヴィクトリアンやエドワーディアンのケーキもきっと凄まじいものだったのだろうと思うのです。 百年以上の年撃かけて、ブリティッシュ トラディショナル ケーキの伝統がイギリスの子供たちにしっかり根付いているのでしょう。

アンティークをきっかけに、その国の文化や伝統について考えてみるのは楽しいことだと思います。 英国アンティーク情報欄の「27.ホールマーク漏れと英国人気ソ」解説記魔烽ツいでにご覧ください。

メーカーは言わずと知れた有名工房ですが、このシルバースミスの歴史をご紹介しましょう。

マッピン関連のアンティークを扱っていると、「Mappin & Webb」とよく似た名前の「Mappin Brothers」というシルバースミスに出会うことがあります。
「Mappin Brothers」は1810年にジョセフ マッピンが創業した工房で、彼には四人の後継ぎ息子がありました。l人は上から順にフレデリック、エドワード、チャールズ、そしてジョンで、年長の者から順番に父親の見習いを勤めて成長し、1850年頃には引退した父ジョセフに代わって、l兄弟が工房を支えていました。

ところが末っ子のジョンは、工房の運営をめぐって次第に兄たちと意見が合わなくなり、ついに1859年には「Mappin Brothers」を辞めて独立し、「Mappin & Co」という銀工房を立ち上げました。 以後しばらくの間、「Mappin Brothers」と「Mappin & Co」は「元祖マッピン家」を主張しあって争うことになります。

しかし最初のうちは「Mappin Brothers」の方が勢力があったこともあり、1863年には末っ子ジョンの「Mappin & Co」は「Mappin & Webb」に改名することとなりました。 Webbというのはジョンのパートナーであったジョージ ウェブの名から来ています。

「元祖マッピン家」問題では遅れをとったジョンでしたが、兄たちよりも商売センスがあったようです。 スターリングシルバー製品以外に、シルバープレートの普及品にも力を入れ、目新しい趣向を凝らした品や新鮮なデザインの品を次々と打ち出し、しかも宣伝上手だったのです。 ヴィクトリアン後期には当桙フ新興階級の間でもっとも受け入れられるメーカーに成長し、それ以降のさらなる飛躍に向けて磐石な基盤が整いました。

20世紀に入ってからの「Mappin & Webb」は、「Walker & Hall」や「Goldsmiths & Silversmiths Co」といったライバルの有名メーカーを次々にその傘下に収めて大きくなり、今日に至っています。 また、「Mappin Brothers」ですが、梠繧フ波に乗り切れなかったのか、1902年には「Mappin & Webb」に吸されてしまっています。 ただ、その頃には三人にお兄さん達はとっくの昔に引退しており、後を継いだエドワードの息子さんも引退して、マッピン家のゆかりはいなかったようです。 そうこう考えると、ジョージアンの創業で、ヴィクトリア梠繧ノ二つに分かれたマッピンが、エドワーディアンに入ってまた一つの鞘に戻れたことはよかったのかなとも思うのです。

シルバープレートウェアについては、アンティーク情報欄にあります「10.エルキントンミのシルバープレート技術と明治新政府の岩倉g節団」の解説記魔烽イ参考ください。

英国風 ギザギザ鋸(のこぎり)付 Mappin & Webb シルバープレート ケーキナイフ


No. 19012 スターリングシルバー ピストルハンドル & ステンレススティール ブレード ペーパーナイフ
長さ 19.5cm、重さ 31g、柄の最大幅 1.8cm、柄の厚み 1.0cm、1992年 シェフィールド、8,800円
スターリングシルバーのハンドルに、ブレード部分はステンレスという作りのペーパーナイフです。 クルッとした丸っこいハンドルは、シェルパターンの派生系で、閧ノよくなじみます。 31グラムの持ちはかりがあって、適度な重さに作られており、gいやすいペーパーナイフと思います。 

ハンドルが先端に向かって一方向に曲がっていくこのタイプは、ピストルハンドルと呼ばれ、もともとはイギリスにおいて18世紀初頭に現われたデザインになります。

シェルパターンは12世紀にスペインの聖地 St.ジェイムス オブ コンポステラへ向かう巡礼者たちが、彼の紋章であったシェルを身につけて旅したことから、クリスチャンシンボルとして、シェルが取り入れられていったのが始まりです。 15世紀以降はセラミックスやシルバーの分野で、このシェルモチーフが繰り返し取り上げられて今日に至っています。

ハ真二番目で見えるように、柄には四つのブリティッシュ ホールマークが刻印されているのもポイントです。 ホールマークは順にメーカーズマーク、シェフィールド アセイオフィスのバラ、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1992年のデートレターになります。 

また、ハ真O番目で見えるように、柄の裏面にもライオンパサントとシェフィールド ローズが刻印されているのは、丁寧な感じで好印象です。

ハ真のペーパーナイフの場合には、ライオンパサント刻印が一つのみならず、念入りに二つ刻印されていることになります。 このライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)は、英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになり、重要な刻印です。 ライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 

横歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から460年ほど前の1544年のことになります。 これは当档eューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。 

銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

歴史や伝統に格別なこだわりを持つイギリス人は、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)にも特別な愛着があって、五百年の長きにわたって、この刻印を使い続けて今日に到っております。
ついでに、イギリス人が見せる古いものへのこだわりについての記魔烽イ参考いただければ幸いです。
スターリングシルバー ピストルハンドル & ステンレススティール ブレード ペーパーナイフスターリングシルバー ハンドル & ステンレススティール ブレード ペーパーナイフ


No. 19011 シルバープレート刃+スターリングシルバー柄 エドワーディアン ナイフ
長さ 16.4cm、重さ 22g、ブレードの最大幅 1.85cm、シルバーハンドルの最大幅 1.7cm、シルバーハンドルの最大厚み 1.0cm、1914年 シェフィールド アセイオフィス、7,800円
ブレード部分はシルバープレートで、流麗なウェーブパターンの彫刻e畉麗です。 彫りが繊細でレベルの高い仕魔ニ感じます。 デスク・閧ノ置いて、ペーパーナイフにするのもよいでしょう。

ピストルハンドルはスターリングシルバーです。 ハンドルが先端に向かって一方向に曲がっていくこのタイプは、ピストルハンドルと呼ばれ、もともとはイギリスにおいて18世紀初頭に現われたデザインになります。

ハ真一番目でハンドルに刻印されているブリティッシュ ホールマークは、メーカーズマーク、シェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1914年のデートレターです。

ハ真二番目をご覧いただくと、ハンドル裏面にもスターリングシルバーを示すライオンパサントと1914年のデートレターが刻印されています。

百年近く前の品ですが、コンディションは良好sズ麗と思います。 ハンドルとブレード謔阨tけしっかりであることもよいでしょう。 作られたのは第一世界大戦が始まった頃の1914年ですから、アンティークシルバーの時代区分としては、エドワーディアンと言ってよろしいでしょう。

英国で「アンティーク」という言葉を厳密な意味で使うと、「百年以上の時を経た品」を指すことになります。 そんな訳で、英語で言うと「It will become an antique in four years. (この品はあと四年でアンティークになります。)」という言い方をされることがあります。 アンティークコレクターにとっては、やはり百年という年撃フ経過は大きなメルクマールになりますので、上記のような会話がなされる機会も多いのです。 

ハ真のナイフが作られたのは1914年ですから、晴れて正式なアンティークに昇格した品ということになります。 気に入った古いものを使っていくうちに、その品が自分の手元で‘アンティーク’になっていくことは、コレクターの喜びとも言えますので、この品には、そんな楽しみ方もあるかと思うのです。

歴史を振り返ってみますと、この品が作られたのはエドワーディアンが終って、第一次世界大戦が始まる頃になります。 その頃の出来魔ニして、1912年:タイタニック号氷Rに衝突して沈没とか、あるいは日本では明治時代が終って大正時代になり、夏目漱石の『こころ』が世に出た頃のことであって、ずいぶん昔のことなのです。 アンティークを手にしていると、百年に近い時の経過があらためて身近に感じられるのは楽しいことです。
スターリングシルバー ハンドル シルバープレート ブレード バターナイフ


No.18538 ステンレスブレード &スターリングシルバー ハンドル ペーパーナイフ with ブリティッシュ シルバー ホールマーク
長さ 20.0cm、重さ 33g、ハンドル最大幅 1.8cm、1995年 シェフィールド アセイオフィス、8,300円

草花モチーフのスターリングシルバー ハンドルに、ステンレススティール ブレードが付いたペーパーナイフです。 ハ真二番目に見えるように、裏面のブレード部分には『1994』と『HUB POWER』の文字が彫られています。

ほとんど使われることなく今に至っているようで、ハンドルとブレードの取り付けもしっかりですし、コンディションかなり良好な品になります。

ハンドル部分には四つのブリティッシュ ホールマークが刻印されています。 ハ真一番目に見えるホールマークは順にメーカーズマーク、シェフィールド アセイオフィスのローズマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1995年のデートレターです。 

また、裏面ハンドル部分にもスターリングシルバーを示すライオンパサントとシェフィールド アセイオフィスのローズマークの二つのブリティッシュ シルバーホールマークが刻印されています。

ステンレスブレード &スターリングシルバー ハンドル ペーパーナイフ with ブリティッシュ シルバー ホールマーク


No. 18294 シルバー プレート 銅製 ペーパーナイフ
長さ 16.1cm、重さ 20g、ブレードの最大幅 1.25cm、柄の最大厚み 6.5mm、3,800円
アンバー色の飾り部分が、最も厚みがあって、6.5ミリあります。 この飾り部分の厚みによって、閧ノなじんで、扱いやすいペーパーナイフとなっています。 

裏面には銅合金の上にシルバープレートが施されていることを示す『EPCM』の刻印があります。 

ハ真二番目にあるように、飾り部分の周囲にはウェーブパターンといいましょうか、スパイラルの効いたデザインが見られます。

「Spiral=渦巻き、螺旋」というのは、とても重要なケルティックモチーフの一つであって、渦巻きは太陽を象徴し、そこからGrowth(成長)、Expansion(拡大)、Energy(活力)の意味合いが導かれます。
シルバー プレート 銅製 ペーパーナイフ


No. 18190 流線型フォルム スターリングシルバー バターナイフ
長さ 13.5cm、重さ 18g、ブレードの最大幅 1.8cm、柄の最大幅 1.3cm、柄の最大厚み 2.5mm、1946年 シェフィールド アセイオフィス、James Dixon & Son作、9,300円

小振りなバターナイフながら、銀に厚みがあって、閧ノした感じはしっかり重厚な印象です。 このしっかり感は18グラムという持ちはかりや、最大 2.5mmという柄の厚みに現れているように思います。

ブレード部分の流麗な流線型フォルムに惹かれました。 品のよいバターナイフと感じます。

メーカーは有名どころの銀工房で、James Dixon & Sonとなっています。 

柄の裏面には四つのブリティッシュ ホールマークが刻印されています。 ハ真O番目に見えるホールマークは順に、「James Dixon & Son」のメーカーズマーク、1946年のデートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そしてシェフィールドアセイオフィスの王冠マークです。 

シルバースミスの「James Dixon & Son」は、1806年創業、家族的な経営で、職人さんの中には、親、q、孫…と5世代にもわたり、ここで銀製品を作り続けた方もいらしたようです。 シェフィールドで創業後、順調に発展し、1873年にはロンドン進出を果たしました。 1900年頃にはロンドンのお店は5つに増えていました、また1912年にはオーストラリアのシドニーにも支店を開いています。 1851年のロンドン万国迫莱・ノは多くの作品を出品したとの記録が残っており、その後20世紀初頭にかけて、海外での展覧会にも出展し、パリ、メルボルン、ミラノ等で名声を狽オました。 

銀工房は一般に、その創業がヴィクトリア期というケースが多いのですが、「James Dixon & Son」は創業1806年と、ジョージアンの時代にまで遡れる老舗シルバースミスで、評価の高いメーカーの一つと言ってよいでしょう。

流線型フォルム スターリングシルバー バターナイフ


No. 18164 エドワーディアン スターリングシルバー ナイフ with ファーンパターン &ジャポニスム モチーフ
長さ 13.2cm、重さ 15g、ブレードの最大幅 1.85cm、柄の最大幅 1.4cm、柄の最大厚み 2mm縺A1901年 バーミンガム、9,800円

今から百年以上前に作られたスターリングシルバーのナイフです。 もともとはバターナイフとして作られた銀製品です。 とても装飾性の高い銀製ナイフで、もちろんバターナイフとして実用されてもOKですが、現代的な用途としては、デスク・閧ナペーパーナイフとしてお使いいただくのもありかなと思います。

ブレードの先端に向っては、ヴィクトリア梠繧ノ好まれた植物文様のファーンパターンが見られます。 また、ブレード部分に斜めに引かれた短冊状の彫刻や、ブレード下方の扇形l分円の彫刻は、ジャポニスムのモチーフブックに見られるデザインです。

ハ真O番目に見えるように、裏面にはメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1901年のデートレターが刻印されています。

1901年という製作年を考え合わせると、ヴィクトリアンのシダ模様好みと、ジャポニスムの影響が色濃いエドワーディアン アンティークと言えましょう。

ファーン(Fern)パターンとは、シダ模様を指します。 19世紀のイギリスにおいては、稠密かつ精巧なナチュラルデザインとしてファーンが好まれ、コンサバトリーで育てる人気の植物となっていました。 ウォード箱を使ってさまざまな種類のファーンを収集することも広く行われておりました。 そうしたことが背景にあって、ファーンパターンはヴィクトリアン装飾の中でも特に人気の高いモチーフのひとつとなったのでした。 ヴィクトリアンのフラワーコード(花言葉)によれば、FernにはFascination(魅惑)、Magic(不v議な力)、Sincerity(誠意)といったコードがあてられています。

ヴィクトリア梠繧フイギリス人のシダ好みについては、以下のアンティーク ポストカードもご参考まで。
Amber 宝石言葉 I draw you to me. アンティーク ポストカード(未使用)

ブレード部分のエングレービングは基本パターンは深めな彫りで、背景部分は細かな鍵彫りの二重ラインや、限界的な彫刻線の重ね彫りなど、レベルの高い手仕魔ニなっております。 ハ真では十分にその繊細さがお伝え出来ませんが、アンティークハント用のルーペがお手元にあれば、眺めているだけでも楽しめるアンティークに仕上がっています。

また、ハ真l番目にあるように、柄先に向かって、Cスクロールを複合させた波模様デザインが見られたり、格q模様のレリーフなtズ麗で、見所のおおいエドワーディアン アンティークと思います。 スクロールパターン(渦模様)の中でもアルファベットの「C」の形状をしたものを Cスクロールと呼びます。 柄先に向かうエッジ部分に波しぶきのように見られるレリーフのデザインです。 スクロールは波模様デザインの派生形でもあり、また重要なケルティック モチーフでもあります。 波模様のウェーブパターンは、Continuation(続いていくこと)や Eternity(永遠)を象徴するクリスチャンモチーフで、ヴィクトリアンやエドワーディアンの時代に好まれました。

ハ真のアンティークが作られた当桙フ時代背景につきましては、英国アンティーク情報欄にあります「14. Still Victorian」の解説記魔烽イ参考ください。 

1853年のペリー来航以来、日本の工芸が広く西欧に紹介され、英国シルバーの世界にも日本の伝統的なモチーフとして蝶などの秩A泌・する鳥、扇、竹、さくら等のデザインが取り入れられていきました。1870年代、80年代のこうした潮流はオーセンティック ムーブメントとして知られています。

サムライの時代が終わった頃、1870年代前半における英国のジャポニスム謔闕桙ンについては、英国アンティーク情報欄の「10.エルキントンミのシルバープレート技術と明治新政府の岩倉g節団」記膜續シで詳しく解説していますのでご覧になってください。

その後のジャポニスム研究は、モチーフブックなどの成果となって、以下のような書籍が次々と発表されていきます。
「Art and Art Industries of Japan(1878年、 Sir Rutherford Alcock)」、 「A Grammar of Japanese Ornament and Design(1880年、Cutler)」、「Book of Japanese Ornamentation(1880年、D.H.Moser)」

そして1880年代の後半にはジャポニスム モチーフブックの集大成である「Japanese Encyclopedias of Design(Batsford)」が出て、Japanese craze(日本・。の大流行)のピークとなりました。

ヴィクトリアン後期の英国にあってはジャポニスムが新鮮で、大きな顧客要があり、モチーフブック等の基礎送ソも充タしていたことが、今日私たちが日本・。な英国アンティークにお目にかかれる理由なのです。 百数十年も前に多くのイギリス人たちが日本に大いなる関心を持っていたことには驚かされます。

ちなみに、イギリスにおけるジャポニスム研究書のさきがけとなった「Art and Art Industries of Japan(1878年、 Sir Rutherford Alcock)」の著メであるオールコックという名前、聞いた覚えのある方もいらっしゃるかと思います。

サー・ラザフォード・オールコックは、幕末の日本で数年間暮らしたイギリスの初代駐日公使です。 当桙フイギリス公使館は、現在の品川駅から徒歩七分、港区高輪の東禅宸ノ置かれていましたが、オールコック在任中には、攘夷派浪mが英国公使館を襲撃した東禅尠件など起こっています。 まさに命がけの日本勤務であったろうと思います。 彼は幕末日本滞在記である『大君の都(岩波文庫 上・中・下)』も残しています。

オールコックと言えば、幕末期のイギリス外交官としての仕魔ノ注意が向きがちですが、一方では日本美術に傾倒し、「Art and Art Industries of Japan(1878年、 Sir Rutherford Alcock)」という著作も残しているわけで、日本のよさを広く海外に紹介してくれた、よき広報官という側面もあったのでした。

オールコック初代駐日公使、「Art and Art Industries of Japan」、ヴィクトリア梠繧フJapanese craze(日本・。の大流行)、ジャポニスム研究、数多くのモチーフブック等々、こういう歴史的な背景があって、イギリスで作られ現代に到っているスターリングシルバーのナイフというわけです。
エドワーディアン スターリングシルバー ナイフ with ファーンパターン &ジャポニスム モチーフ


No. 18169 Amber 宝石言葉 I draw you to me. アンティーク ポストカード(未使用)
横の長さ 8.8cm、縦の長さ 13.8cm、ヴィクトリアン終り頃からエドワーディアン頃の英国製、800円

花言葉シリーズのヴィクトリアン ポストカードがありましたが、こちらは姉妹版 宝石言葉のポストカードで、アンバー(珞珈)が左上に見えています。 

興味深く思ったのは、うっそうとしたシダの様qで、ヴィクトリア梠繧フ人々の好みが反映されています。 これほどシダが生えていると、あまりロマンチックな感じがしないどころか、なんでこんな場所で?、、、とすら思うのですが、おそらく百年ほど前のイギリスの人たちから見ると、いい感じのロケーションであったのだろうと思います。  

ファーン(Fern)パターンとは、シダ模様を指します。 19世紀のイギリスにおいては、稠密かつ精巧なナチュラルデザインとしてファーンが好まれ、コンサバトリーで育てる人気の植物となっていました。 ウォード箱を使ってさまざまな種類のファーンを収集することも広く行われておりました。 そうしたことが背景にあって、ファーンパターンはヴィクトリアン装飾の中でも特に人気の高いモチーフのひとつとなったのでした。 ヴィクトリアンのフラワーコード(花言葉)によれば、FernにはFascination(魅惑)、Magic(不v議な力)、Sincerity(誠意)といったコードがあてられています。

もともとは王宮庭園であったキューガーデンが、王立植物園として生まれ変わったのはヴィクトリア梠繧フ初め頃でありました。 植物研究{設としてのキューガーデンが、ヴィクトリアンの人たちの植物好みを引っ張ったと言うこともあるでしょう。

このアンティーク ポストカードに見られる様qには、百年ほど前の人たちのファーン(Fern)好みが色濃くは反映されているわけですが、当桙フイギリス人のシダ好みって、半端じゃない強烈さがあったように思えて、面白く見ました。
Amber 宝石言葉 I draw you to me. アンティーク ポストカード(未使用)


No. 18192 マッピン&ウェブ エドワーディアン スターリングシルバー バターナイフ
長さ 13.5cm、重さ 22g、ブレードの最大幅 2.15cm、柄の最大幅 1.5cm、柄の最大厚み 3mm、1911年 シェフィールド アセイオフィス、Mappin & Webb作、9,800円

クルッと巻いた柄先、そしてブレード部分の流麗な流線型フォルムに惹かれました。 品のよいバターナイフと感じます。 マッピン&ウェブの作であり、なるほど、そうかというところ。

柄の裏面には四つのブリティッシュ ホールマークが刻印されています。 ハ真O番目に見えるホールマークは順に、「Mappin & Webb」のメーカーズマーク、1911年のデートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そしてシェフィールドアセイオフィスの王冠マークです。 

メーカーは言わずと知れた有名工房ですが、このシルバースミスの歴史をご紹介しましょう。

マッピン関連のアンティークを扱っていると、「Mappin & Webb」とよく似た名前の「Mappin Brothers」というシルバースミスに出会うことがあります。
「Mappin Brothers」は1810年にジョセフ マッピンが創業した工房で、彼には四人の後継ぎ息子がありました。l人は上から順にフレデリック、エドワード、チャールズ、そしてジョンで、年長の者から順番に父親の見習いを勤めて成長し、1850年頃には引退した父ジョセフに代わって、l兄弟が工房を支えていました。

ところが末っ子のジョンは、工房の運営をめぐって次第に兄たちと意見が合わなくなり、ついに1859年には「Mappin Brothers」を辞めて独立し、「Mappin & Co」という銀工房を立ち上げました。 以後しばらくの間、「Mappin Brothers」と「Mappin & Co」は「元祖マッピン家」を主張しあって争うことになります。

しかし最初のうちは「Mappin Brothers」の方が勢力があったこともあり、1863年には末っ子ジョンの「Mappin & Co」は「Mappin & Webb」に改名することとなりました。 Webbというのはジョンのパートナーであったジョージ ウェブの名から来ています。

「元祖マッピン家」問題では遅れをとったジョンでしたが、兄たちよりも商売センスがあったようです。 スターリングシルバー製品以外に、シルバープレートの普及品にも力を入れ、目新しい趣向を凝らした品や新鮮なデザインの品を次々と打ち出し、しかも宣伝上手だったのです。 ヴィクトリアン後期には当桙フ新興階級の間でもっとも受け入れられるメーカーに成長し、それ以降のさらなる飛躍に向けて磐石な基盤が整いました。

20世紀に入ってからの「Mappin & Webb」は、「Walker & Hall」や「Goldsmiths & Silversmiths Co」といったライバルの有名メーカーを次々にその傘下に収めて大きくなり、今日に至っています。 また、「Mappin Brothers」ですが、梠繧フ波に乗り切れなかったのか、1902年には「Mappin & Webb」に吸されてしまっています。 ただ、その頃には三人にお兄さん達はとっくの昔に引退しており、後を継いだエドワードの息子さんも引退して、マッピン家のゆかりはいなかったようです。 そうこう考えると、ジョージアンの創業で、ヴィクトリア梠繧ノ二つに分かれたマッピンが、エドワーディアンに入ってまた一つの鞘に戻れたことはよかったのかなとも思うのです。
マッピン&ウェブ エドワーディアン スターリングシルバー バターナイフ


No. 18170 ヴィクトリアン スターリングシルバー フィドルパターン バターナイフ with イニシャル「M」
長さ 19.1cm、重さ 48g、ブレードの最大幅 2.65cm、フィドル柄の最大幅 2.1cm、柄の最大厚み 3mm、1895年 ロンドン、Edwin Charles Purdie作、12,300円

フィドル柄の先に見えるイニシャル「M」が特徴的です。 このアルファベットの字体は、イングリッシュ ホールマーク ブックをお持ちでしたら、バーミンガム アセイオフィスの1824年から1848年までのデートレター サイクルで使われている字体と同じになりますので、ご覧になってください。

この品が作られたのはヴィクトリアン終わり頃の1895年で、日本では日清戦争の頃にあたり、今から百二十年近くも前のことになります。 19センチの長さに、ブレード幅が最大で3センチ近くあって、現代のバターナイフと比べるとかなりのキングサイズであることから、バターナイフと言われても今日的にはちょっとピンと来ないかも知れません。 しかし、これがアンティークでしか感じることが出来ない昔のシルバーウェアの味わいになっています。 

鏝状(こて状)構造に加えて、幅広なブレードと大きなサイズを考えると、今日的にはオードブルサーバーとして使っても良さそうに思います。 48グラムという持ちはかりも純銀の心地よい重みを楽しむのに十分です。 

バターナイフは元々バタースペードといb觚状(こて状)のシルバーウェアから発展してきた経緯があります。 このバターナイフはブレード面に対して柄先が2センチ半ほど高い位置にくる構造で、その昔の「こて状バタースペード」の面影を残しているという意味で、バターナイフの歴史的発展過程を示しているわけで、舶ィ館的な興味を感じさせてくれるアンティークとも言えましょう。

柄の裏面には四つのブリティッシュ ホールマークがしっかり深く刻んであるのも好印象です。 ホールマークは順にメーカーズマーク、ロンドン レオパードヘッド、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1895年のデートレターになります。

それから、この品のデートレターをご覧いただくと、その形が盾状をしていて特徴があります。 ロンドンアセイオフィスにおける19世紀のほぼ第四l半期にあたる1877年から1895年までのデートレター サイクルは「盾」と覚えておかれると、アンティークハントの時には便利です。 この時代はイギリスの国力が大いに伸張した時期にあたることから、今日においてもこの頃のアンティークに出会う可能性も高いのです。 デートレターをすべて暗記することは難しくても、「ロンドンの盾はヴィクトリアン後期」と知っておくと、アンティークハントの際には使える知ッになります。

この品が作られた当桙フ時代背景については、「英国アンティーク情報」欄にあります「31. 『Punch:1873年2・2日号』 ヴィクトリアンの英国を伝える週刊新聞」と「14. Still Victorian」の解説記魔烽イ参考ください。 それから、「9.トラディショナル イングリッシュ バターナイフ」の解説記魔烽イ参考ください。
ヴィクトリアン スターリングシルバー フィドルパターン バターナイフ with イニシャル「M」


No. 18844 エドワーディアン Queen Anne パターン スターリングシルバー ナイフ
長さ 13.4cm、重さ 16g、ブレードの最大幅 1.65cm、柄の最大幅 1.35cm、1901年 ロンドン、Josiah Williams & Co.作、7,800円
今から百二十年ほど前の、ヴィクトリア梠繧ェ終わりエドワーディアンになったばかりの頃に作られたスターリングシルバーのナイフです。 もともとの用途であるバターナイフとして使っていただけるのはもちろんですが、左右対称なフォルムと適度なサイズからすると、レター開封用のペーパーナイフとして使うのもよいなと思います。

柄先のデザインは Queen Anne パターンと呼ばれます。 このデザインは1880年代にイギリスで初めて登場し1900年頃にはかなりの人気となりました。 あるいは別名ではオーバニー(Albany)パターンと呼ばれることもあります。 ヴィクトリア期の有力シルバースミスであるフランシス・ヒギンスのパターンブックで、 Queen Anneパターンとされて以来、Albany あるいは Queen Anneと両方の名前が使われるようになりました。

ハ真二番目に見えるホールマークは順にロンドン レオパードヘッド、スターリングシルバーを示すライオンパサント、1901年のデートレター、そして「Josiah Williams & Co.」のメーカーズマークになります。 

一般にヴィクトリア梠繿n業のシルバースミスが多い中にあって、この品を作ったJosiah Williams & Co.はジョージアンの時代に始まった老舗の一つになります。 1800年創業のJosiah Williams & Co.はブリストルのメーカーで、地方では最大のシルバースミスでした。 メーカーズマークは当桙フ共同パートナーであった二人、George Jackson & David Fullertonの頭文字GJDFが刻まれています。 

今日でも中世の街並みや大聖堂が美しいブリストルは、16世紀にはエイボン川河口の貿易港として栄え、その後はイングランド南西部の主要都sとして発展しました。 しかし大きな都sであったがゆえに、第二次大戦中の1940年11・4日にはドイツ軍による空襲を受け、Josiah Williams & Co.も工房を失い、c念ながら140年の歴史に幕を閉じました。

デイビット・スーシェ蜑奄フポワロシリーズにある『The ABC Murders』を見ていましたら、ポワロとヘイスティングスが夕食中に、その日最終の郵便配達があって、レターの開封に食沫pのナイフを使う場面がありました。 このデイビット・スーシェのポワロシリーズは、1930年代の英国が舞台に設定されており、ディテールにこだわって見ていくと、いろいろとアンティークを楽しむ上での発見があります。 急ぎの手紙でもナイフがそばにあれば、ナイフを手にするのだなあとか。 また、そもそも、この郵便の配達はかなり夜遅くに来ていることも興味深く見ました。 原作で確認してみましたら、「It was on Friday that ABC's third letter came.  Evening post arrived about ten o'clock. 」とありました。 当桙ヘ一日のうちに何度も郵便配達があって、最終便は夜の十桙ノ配達があったなんて、ちょっと驚きです。

ついでながら、アガサ・クリスティー 『The ABC Murders』の原作は1936年に書かれています。 またDVDの中でヘイスティングスが開封するレターの消印は1936年となっておりましたので、これまたぴったり1936年の時代設定と分かります。

この品が作られた当桙フ時代背景については、英国アンティーク情報欄にあります 「14. Still Victorian」の解説記魔烽イ参考まで。
エドワーディアン Queen Anne パターン スターリングシルバー ナイフ


No. 18842 キングスパターン スターリングシルバー ハンドル & ステンレスブレード ケーキナイフ  サーバー  SHEFFIELD ENGLAND
長さ 25.3cm、重さ 74g、最大横幅 5.3cm、シルバーハンドルの最大幅 2.5cm、シルバーハンドルの最大厚み 1.4cm、1979年 シェフィールド、7,800円
スターリングシルバーのハンドルにステンレスブレードが取り付けられたケーキナイフ&サーバーです。 キングスパターンのゴージャス感に加えて、ブリティッシュ シルバーという素材の良さ、そしてステンレスブレードの機能性と、O拍q揃ったナイフ&サーバーと思います。

ハンドル部分のパターンはキングスパターンと呼ばれ、柄先のシェルデザインが重要なメルクマールとなります。 このモチーフは、もともとは12世紀にスペインの聖地 St.ジェイムス オブ コンポステラへ向かう巡礼者たちが、彼の紋章であったシェルを身につけて旅したことから、クリスチャンシンボルとして、シェルが取り入れられていったのが始まりです。 15世紀以降はセラミックスやシルバーの分野で、このシェルモチーフが繰り返し取り上げられて今日に至っています。

ハンドル部分にブリティッシュ ホールマークが刻印されています。 まずハンドルの表側にメーカーズマーク、シェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1979年のデートレターが刻印されております。 ハンドル裏面にもスターリングシルバーを示すライオンパサントとシェフィールド アセイオフィスの王冠マークがあります。、

また、ブレード部分にはメーカーズマークと「SHEFFIELD ENGLAND」の表ヲがあります。

ハ真のケーキナイフ&サーバーは、いくつかの意味でとても英国風な品であると思います。 ブリティッシュ ホールマークや「ENGLAND」の表ヲがありますので、英国風は間違いところですが、さらには、ブレード部分の鋸(のこぎり)、これはイギリスのケーキをサーブするには欠かせない機能なのです。 

イギリスのケーキナイフにはギザギザの鋸刃が付いているのが普通です。 ケーキをサーブするのに、なぜ鋸かとも思いますが、イギリスのケーキは表面を砂糖の塊のようなアイシングで、こてこてに固めたケーキが多く、タ際のところ切り分けには鋸が必要なのです。

このアイシングたっぷりのイギリス風ケーキというのは、びっくりするほど美味しくないことが多いので不v議です。 日本でこんなケーキが出てきたら、誰もがきっと絶句することでしょう。 しっとりとした普通のケーキとは似ても似つかぬ、水気もなくぱさぱさしたスポンジに砂糖の塊が数ミリの厚さで塗りつけてある食べ物です。

ところがもっと驚くのは、イギリスの子供たちは日本やフランス風のしっとりと美味しいケーキよりも、ぱさぱさごわごわのこうしたケーキがお気に入りなことです。 うちの娘の友達が集まるパーティーで、рェ手作りケーキを作ってもあまり喜ばれません。 近くのスーパーマーケットで買ってきたようなアイシングたっぷりのケーキがいいのです。

イギリスでアンティーク ケーキナイフのギザギザした鋸を見ていると、ずっと昔のヴィクトリアンやエドワーディアンのケーキもきっと凄まじいものだったのだろうと思います。 百年以上の年撃かけて、ブリティッシュ トラディショナル ケーキの伝統がイギリスの子供たちにしっかり根付いているのでしょう。

アンティークをきっかけに、その国の文化や伝統について考えてみるのは楽しいことだと思います。 英国アンティーク情報欄の「27.ホールマーク漏れと英国人気ソ」解説記魔烽ツいでにご覧ください。
キングスパターン スターリングシルバー ハンドル & ステンレスブレード ケーキナイフ  サーバー  SHEFFIELD ENGLAND


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