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スターリングシルバー アクセサリー 10
No. 18810 トリニティー モチーフ シルバー クロス
クロス本体の縦 2.7cm、横 1.85cm、留め具を含む縦長 3.3cm、ヴィクトリアン終り頃からエドワーディアン頃の英国製、
ハンドエングレービングが繊細で、美しいシルバークロスと思います。 四隅に彫られた小花のエングレービングが特徴となっています。 裏面には素材を示す「SILVER」の刻印があります。
二つのクロスを一緒に求めたもので、サイズや縦方向の彫りの様子が似ていることから、同じシルバースミスの作と考えられます。 ところが、横方向の彫りが違っていることに興味を惹かれました。 彫刻を施した作者のその時に気分で、彫刻の様子が異なったクロスが出来上がったものと思います。 それはすなわち、一つ一つが手仕事で作られたことを示しているわけで、エドワーディアンの頃ならではの職人技が現れていると感じます。
基本彫刻の背景に影のように見える部分は、1ミリ間隔に何本もの彫刻線を引いて影を付けていった細工です。 写真では解像力不足でよくご覧いただけないのが残念ですが、マグニファイイング グラスで鑑賞いただくと当時の限界的な手仕事のレベルの高さに驚かれると思います。
手彫りの彫刻テクニックの水準はかなり高いと思います。 それがほぼ全面にわたって施されているわけで、時間と手間のかかったアンティークであるといってよいでしょう。
また、写真のシルバークロスの場合には、クロスの四方に見える三つの尖がりが特徴的です。 これらはトリニティーを表象しています。 トリニティーとは、「the
Father, the Son and the Holy Spirit(父なる神、子なるイエス・キリスト、そして聖霊)」の三者が一体であるとする三位一体説のことで、クロスに見える三つの尖がりが三者をあらわしていると言うわけです。
オックスフォードやケンブリッジなど歴史の古い大学に行きますと、キングスカレッジやクイーンズカレッジなどの名前に加えて、トリニティーカレッジもおなじみです。 トリニティーという概念は、昔から重要な役割を果たして来たことがうかがい知れます。
『私はキリスト教の信仰者ではありませんが、何故かクロスにとても惹かれます。』というお便りをいただきました。
英吉利物屋ではアンティークのクロスを扱っておりますので、関心のある方から、そういうお話があるのは珍しいことではないかも知れません。 けれども、クロスに惹かれるという話はこれが初めてというわけでなく、多くの方からお聞きしてきましたし、私もそう感じることがあるので、なぜだろうかと考えたくなるのです。
英国アンティーク情報欄にあります「40. 何故かクロスにとても惹かれます。 その理由を英吉利物屋風に考えてみました。」もご覧いただければ幸いです。
No. 4519 ケルティック クロス&インターレーシング飾りのスターリングシルバー ペンダントヘッド
with チェーン
直径 1.9cm、厚み 1.5mm、クロスの縦(留め具含まず) 1.5cm、横 1.1cm、シルバーチェーンの長さ 48.5cm、全体の重さ
4g、
ケルティック クロスの周りを透かしのインターレーシング飾りが取り巻いたペンダントヘッドで、ホールマークはありませんが、素材はシルバーで間違いないでしょう。 付属のチェーンもスターリングシルバーで留め具部分にスターリングシルバーを示す「925」刻印と「STERLING」刻印があります。
クロスは周りのインターレーシングより一段高くなった構造です。 周りに見える曲線の交差模様はインターレーシング模様と呼ばれ、ケルティック アートでしばしば登場するパターンになります。
ケルティックとは「ケルト人の」という意味です。 英国史においてケルト系の人達とは、もともとのイギリス先住民で、民族大移動によって欧州大陸方面からノルマン系住民が流入して支配的な地位を占めるようになると、次第に辺境の地へ追いやられていった人たちです。 彼らが追われた辺境とは、スコットランド、ウェールズ、英国西部のコーンウォール、そしてアイルランド等でした。 とは言っても、支配と被支配という関係だけではなく、結局は婚姻などで入り混じって今日のイギリス人が出来あがっています。 ちなみにロンドンという地名やテムズ川の名前はケルトの名称だそうですし、今日の英国人は自分たちのことをブリトンと呼びますが、このブリトンとは元々ケルトの一部族の部族名でした。
イギリスにおけるケルト諸族の歴史については、英国アンティーク情報欄にあります「32. ウェルシュ ボーダーの Weobley村」の解説記事もご覧になってください。
それからついでに、円卓の騎士のアーサー王は、コーンウォールで生まれたとされる伝説的なケルトの王様です。
アーサー王伝説については、「28. Tintagel アーサー王伝説の村」の記事もご参考まで。
No. 7474 スターリングシルバー ピアス with
シトリン、アベンチュリン & ヴァイオレットクォーツ
全体の縦長 4.7cm、スリーストーン部分の長さ 3.0cm、大きいシトリンの横幅 8mm、石の厚み 3mmから 4mm、
スリーストーンがゆらゆら揺れて楽しいピアスで、バタフライストラップ(留め具)にはスターリングシルバーを示す「925」の刻印があります。
透明感ある亜麻色、ほのかな緑、そして薄紫の組み合わせが気に入りました。
上から順にシトリン、アベンチュリン、ヴァイオレットクォーツと並んでいます、それぞれ名前は違いますが、これらはみなクォーツの仲間です。
シトリンはクォーツに鉄分が混じって黄色味が出たものですし、アベンチュリンは緑雲母がクォーツに色合いを与えています。
シトリンは陽光のエネルギーを象徴し、アベンチュリンは萌えいづる若葉を連想させるラッキーストーンです、そしてヴァイオレットクォーツの紫はインスピレーションを高めるとも言われます。活力と直感力が幸運を挟み込んだ作りになっているのは作者の意図なのではと思いました。
No. 18845 Air Raid Precautions スターリングシルバー バッジ
縦の長さ 3.85cm、最大横幅 2.6cm、重さ 10g、本体の最大厚み(留め具含まず) 2mm強、1936年 ロンドン、
Air Raid Precautions
とは戦時の空襲監視員あるいは防空指導員のことです。 デートレターから製作年が1936年と分かります。 空襲に備えるべく、警官や予備役の人たちを中心に組織されたと聞きました。 1936年は英国にとってまだ戦時下ではないのですが、このとき既にARPが組織され備えを始めていたことが分かります。 アンティークから歴史の検証が出来るのはおもしろいことだと思うのです。
裏面にはブリティッシュ ホールマークがしっかり深く刻印されています。 写真二番目で見えるように、ホールマークは順にメーカーズマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、ロンドンレオパードヘッド、そして1936年のデートレターになります。
こういう品であってもホールマーク シルバーで作られているところが、余裕があると言うか、こだわりがあると言うか、戦争といっても切羽詰った感じが伝わってこないなあと思いました。
近所のゴルフ場でシニアゴルファーのおじいさんからお話を伺いました。 そのゴルフ場は1935年にオープンして七十年以上の歴史があるのですが、そのおじいさんが子供の頃に初めてプレーしたのが1942年だったそうです。 当時は戦争中でガソリンは貴重だったので、芝刈り用のトラクターが使えず、羊を放牧してフェアウェーの芝の長さを調整していたとのこと。 「たまに羊にボールが当たって大変だったよ。」とおっしゃっていました。
そのおじいさんはイギリス貴族というわけではなくて、いわゆる庶民にあたる方と思いますが、イギリスでは戦争中も普通の人たちがゴルフをしていたのかーと。 ガソリン不足で芝刈りが大変だったのは分かるけど、日本のおじいちゃん、おばあちゃんから聞いてきた戦争の苦労と比べると、どうでしょうか? 戦争というものは、勝つ側と負ける側では、やはり桁違いな相違があるものだと感じるきっかけになるシルバーアンティークでした。
以前に扱った製作年の違う ARP スターリングシルバー バッジをお求めいただいたお客様から、以下のような到着確認メールをいただきました。 アンティークを手にした時に感じるものがよく伝わってきて興味深いことから、皆様にもご紹介させていただきます。
『商品無事到着いたしました。毎度のことですが、実物はネットの画像より遥かに良いので手にとって驚いております。(あたりまえですが)技術の素晴らしさはもちろんなのですが、これは道具の手入れが万全なればこそ出来る技だなぁと…そんなところまで見えてくる素晴らしい品です。バッヂは型押しでしょうが、お国を護る人々の誇りのようなものを感じます。このバッヂをツイードジャケットの下襟に着けて、洗面器のようなヘルメットを被り双眼鏡片手におとっつぁん方がドーバー海峡上空を注視していたのでせう。しかし、戦時中貴金属を国をあげて接収してしまう国があるかと思えば支給してしまう国もあるのですな。ながなが失礼いたしました。まずは、到着の御報告まで。有難うございました。』
No. 18574 スターリングシルバー St. クリストファー ペンダントヘッド
with チェーン SOLD
直径 2.6cm、全体の重さ 10g、厚み 1mm、スターリングシルバーチェーンの長さ
40.5cm、一万一千円 SOLD
周りにブライトカット様の装飾が入っていて、光の反射が綺麗です。 裏面には「SILVER」の刻印があります、またチェーンも留め具部分に「STERLING」の刻印があってスターリングシルバーです。
St.クリストファーは紀元三世紀ごろの聖人で、まだ幼子のキリストを抱いて川を渡るSt.クリストファーは旅人の守護聖人とされ、その像は旅の安全を期すお守りになっています。 日本で言ったら交通安全や旅のお守りのようにして、イギリスではネックレスにしたりチャームブレスレットに付けたりされることが多いようです。
ギリシャの古文書によれば、St.クリストファーは元々はローマ軍との戦闘で捕虜となった兵士で、後に殉教した人物であったようです。 今日の一般的なSt.クリストファーのイメージは中世のラテン文化の中で後から創造されました。
No. 18662 ジョージ六世 六ペンス銀貨 ペンダントヘッド
銀貨の直径 1.95cm、厚さ 1mm強、重さ 3g、六ペンス銀貨はニュージーランド1946年鋳造、チェーンは付属していません、
英国王ジョージ六世の六ペンス銀貨ペンダントヘッドです。 この銀貨はニュージーランドの銀貨で1946年に鋳造されています。 ニュージーランドの六ペンスは1947年まで銀貨でしたので、写真の品はニュージーランドの六ペンス銀貨としては最後の年に鋳造されたものとなります。
ニュージーランドとイギリスは歴史や文化的背景を同じくしておりますので、この六ペンス銀貨のアクセサリーが持つ意味合いは、イギリスにおけるそれと一緒ということになりましょう。
裏面の肖像は現女王エリザベス二世の父君にあたるジョージ六世です。 「王位を賭けた恋」で有名なエドワード八世が劇的な退位を遂げた後に、急遽、英国王になったのがジョージ六世でした。 ご本人も自分が国王向きなパーソナリティーであるとは思っていなかったようで、それまでに国王になる準備がまったく出来ていなかったこともあって、初めのうちは周囲からも大丈夫だろうかと心配されました。
ところがその後の対ドイツ戦争中に、側近たちがバッキンガム宮殿からの疎開を進言したのに、それを拒んで、爆撃を受けるロンドンから執務を続けたことで、国民の人気が上がりました。 戦争中のロンドンはしばしばドイツの爆撃機が来たり、さらにはV1やV2と呼ばれるミサイルまでもが飛んでくる危険な状況でありました。 そんな中でロンドンにあって英国民を鼓舞し続けたジョージ六世の評価が上がったのは当然と言えば当然でしたが、さらには王妃や子供たちを大切にする理想的な家庭の夫であったことも、「良き王」として英国民の尊敬を集める理由となったのでした。
イギリスでは六ペンスにはラッキーアイテムの意味合いがあって好まれます。 マザーグースのナーサリーライムに、花嫁が身につけると幸せになれるといわれるサムシング・フォーに続いて、以下のように六ペンスが言及されていることが人気の背景にあります。
Something old, something new,
something borrowed, something blue,
and a sixpence in her shoe.
デイビット・スーシェ主演の名探偵ポワロシリーズの一つ、『The
Theft of the Royal Ruby (=原作名:The Adventure
of the Christmas Pudding)』に、六ペンスにまつわるクリスマスディナーの場面がありました。
クリスマス プディングに指輪など小物をいくつか入れておいて、取り分けたときに何が入っているか、おみくじのようにして楽しむ趣向があるのです。 ディナーテーブルを囲む人たちから、六ペンスを引き当てた人に、ひときわ大きな歓声があがります。 六ペンスというのは、日本のおみくじで言ったら大吉に相当することが見て取れて、興味深く思いました。
このデイビット・スーシェのポワロシリーズは、1910年代から1930年代に時代設定されており、今から七十年から百年ほど前の様子が描かれております。 当時のイギリスの暮らしや社会の様子が分かるという意味で、アンティーク好きの方にはお薦めしたいと思います。 ディテールにこだわって見ていくと、ますますアンティークに親しみが湧きますし、いろいろと発見があって楽しめます。
六ペンスによい意味合いが付与されてきた背景には、イギリスにおける長い歴史的な事情があるわけですが、そうした歴史の中に「イングランド銀行を救った六ペンス」の話もありますので、ついでにご紹介しておきましょう。
『Manias, Panics and Crashes
(Kindleberger著)』という本によれば、南海泡沫事件のさなかの1720年9月にイングランド銀行で取り付け騒ぎが起こり、大勢の預金者がお金を引き出そうと、イングランド銀行に殺到しました。 資金ショート寸前であったイングランド銀行が危うく倒産を逃れたのは、六ペンスのおかげであったというのです。
預金を下ろしに大勢の人たちが押しかけて長蛇の行列となった事態に対して、イングランド銀行が採った作戦は、さくらを行列の前の方に並ばせるということでありました。 そしてさくらの人たちに対して、預金を小銭の六ペンスでもって払い戻すということをしたのです。
大金を六ペンスで払うものですから、一人の払い戻しにも長い時間がかかりました。 さらには、支払った大量の六ペンスは、裏口からイングランド銀行に還流させて、また使うということを繰り返したのです。
こうして、どうにかこうにか資金ショートを免れて、やりくりしているうちに、セント・ミカエルの祭日がやってきて、人々のパニック心理もようやく落ち着きを取り戻すようになりました。 祭日明けには取り付け騒ぎも収まって、イングランド銀行は正常な業務に戻ることが出来たそうです。
イギリスという国の大本をなすイングランド銀行でさえも、その昔には六ペンスによって救われたという歴史的な事実も、六ペンスのポジティブイメージに一役買っているということは、少なくとも言えそうです。
英国では銀貨に穴を開けただけのペンダントヘッドを時々見かけます。 アクセサリーにしては、あまりに作りが簡単なので、どうしてだろうかと不思議に思っていたのですが、最近この品の背景が分かってきましたので、ご紹介してみましょう。
トーマス・ケイズという人の研究によると、船舶や鉄道の発達によって国外への旅が増えた19世紀には、銀貨に穴をあけて、ジャケットの裏に縫い付けておくなどして、旅先での非常用通貨にするということが行われていたそうです。 当時は多くの国で金銀を本位通貨とする貨幣制度が採用されていたので、世界の大国であったイギリスの銀貨は、いわばトラベラーズチェックのように、英国外でもある程度は通用したというわけなのです。
遠い昔の時代には穴あき銀貨が、私たちが今思う以上に多くあったのではないでしょうか。 そして後の世の中になって、巡りめぐってそれを手に入れた人たちは、ラッキーアイテムの側面を重視して、ペンダントヘッドにされていくものも少なからずあったろうと思うのです。
わざわざアクセサリーにするには作りが簡単過ぎますが、さりとて銀貨に穴をあける仕事は誰もが出来るほど容易くはありません。 初めはトラベラーズチェックとして使われ、後にはラッキーものとして大切にされてきたと考えれば、今日こうした品を時々見かけることに納得がいくのです。
最後にイギリスの昔のお金についてですが、1ポンド=20シリング=240ペンスなので、「6ペンス」=「半シリング」になります。 ポンド、シリング、ペンスと三つの単位を持っていた英国の旧通貨単位はなんだかとても複雑で、十二進法が混じっているので計算するのも億劫です。
昔、サマセット・モームの『月と六ペンス』の題名を初めて見た時に、なぜ六ペンスなのかと思ったものですが、十二進法の通貨単位では、ちょうどきりがよい数字でもあるのです。
1971年になってようやく旧通貨制度が廃止され、1ポンド=100ペンスのすっきりした十進法の制度に代わって現代に至っています。
この十二進法時代の名残が、今日の英国人の暮らしにまだ残っていることに、先日気が付きました。 娘が通ったイギリスの小学校では、掛け算の九九のことを「Times
Table」と呼んで、低学年の子供たちは日本と同じように暗唱するまで練習します。 ところが日本と違うのは「一の段」から始まる九九が「九の段」で終わらないのです。 イギリスの九九は12*12まで覚えます。 日本の九九は81通りですが、英国の九九は12*12=144通りです。 今日の十進法の暮らしなら「十一の段」や「十二の段」は不要なはずですが、ずいぶん昔の名残が未だに残っていて、先生たちも「十二の段」まで教えないと落ち着かないのでしょう。
このややこしい12進法の呪縛をイギリス人にかけたのは、一千年近く前にイングランドを征服してノルマン王朝を開いた、元々はフランス貴族のノルマンディー公ウィリアム(=ウィリアム一世)だったことが知られています。 彼がやってくる前のサクソン時代のイングランドでは、「1シリング」=「5ペンス」だったものを、この新しい征服者が「1シリング」=「12ペンス」にせよと定めたのでした。 そしてその後、お金の単位については1971年までウィリアム一世の定めが守られてきたわけで、そしてまた、今でも21世紀の子供たちが「十二の段の九九」を習っているわけなのです。
No.18661 ロイヤル ネイビー アンカー &
クラウン スターリングシルバー ペンダントヘッド
with エナメルワーク
最大横幅 2.3cm、留め具を含む縦長 3.2cm、
No. 18660 クレッセント モチーフ スターリングシルバー ペンダントヘッド
縦の長さ 3.95cm、飾り部分の直径 2.2cm、ペンダントヘッドの重さ 7g、チェーンを含む全体の重さ 10g、本体部分の最大厚み 3.5mm、
バルディッシュと呼ばれる三日月斧をモチーフに作られた銀のペンダントヘッドです。 両サイドに見える三日月状の部分は銀に厚みがあって、ふっくら丸い感じです。 全体のフォルムは満月のような円形で、抜けた部分も円形であることから、三日月と満月の融合をモチーフにしているとも考えられます。 裏面も同様なデザインとなっています。
ちょっと見えにくいですが、上部の留め具部分にスターリングシルバーを示す「925」刻印があります。 チェーンも味わいのあるスターリングシルバー チェーンで、留め具部分にはスターリングシルバーを示す「925」刻印があります。
三日月は花札の絵柄に代表されるように、ジャポニスムの主要なモチーフでありますが、同時に西欧文化にあっても
Crescent Moon(三日月)はギリシャ神話のアルテミスや、ローマ神話のディアーナといった月の女神を象徴する古くからのモチーフでもありました。
近代に入ってからはイスラム諸国で国旗のデザインに三日月を採用することが多くなって、三日月とイスラムの関係が深まったといわれます。 でもまあ、考えてみると、月は地球上のどこからでも見えるわけで、歴史上どこの文化圏にあっても、月を尊ぶ傾向はあったと思います。 ところが国旗にデザインとして採用されると、その影響力は強いものになりやすいのです。
同じような事例はイングランドのセント・ジョージ旗にも見られます。 セント・ジョージは古代ローマ時代の殉教者で、そのドラゴン退治伝説は元々はグルジアに起源があり、キリスト教徒にとっては共通のバックグラウンドになります。 歴史を紐解けば、遠く遡ること五世紀のフランク王国メロビング朝をはじめとして、いろいろな国々で守護聖人として大事にされてきました。
ところがヴィクトリア時代のイギリスはセント・ジョージを好んで、金貨や銀貨のデザインとして採用したり、白地に赤十字のセント・ジョージ・クロスをイングランドの国旗として採用したりしてきたので、今では他の国々より一歩抜きん出て、自由の女神がアメリカを象徴するかのように、セント・ジョージ=イングランドのような感じになって現代に至っております。
サッカーのワールドカップで、セント・ジョージ・クロス旗で応援されるイングランドチームを見せつけられると、やはり他の国は一歩引かざるを得ないような雰囲気でしょうか。
三日月(= Crescent Moon)モチーフを見て思うことを書いてきましたが、やはり我々のバックグラウンドは日本ですから、三日月との関係で私の好きなお話を一つご紹介しておきましょう。
『禅と日本文化(鈴木大拙著)』P.154
宝蔵院流の人々が使う一種の「やり」がある。 その流派の創始者である宝蔵院という寺の和尚によって発明された。 その槍は穂のなかほどから三日月形の枝が出ている。 この余計な付属物をつけようという考が、和尚の頭に浮かんだのは次のような次第であるという。
夜になると寺の庭で槍を使って身を鍛えるのが、彼の習慣であった。 このさい彼の心にかかる事は槍術の熟達ということではなかった。 彼はすでにその道では専門家であった。
彼が実現したいと思ったのは、宝蔵院その人と槍、人と武器、主体と客体、行動者と行動、思想と行為の完全なる統一化の存する心境であった。 かかる統一化は三昧(サマジ)と称され、その実現こそ、この僧侶―槍術家が日々錬磨する目的であった。
宝蔵院は槍をしごいているうち、ある晩ふと、池中にきらめく彼の槍の穂先と新月の影の交わるのを認めた。 このパーセプションが機会となって、彼は自分の二元的意識を破ることができた。
伝説によれば、この体験の後、彼は槍の穂先に三日月を付加したという。
No. 18659 透かし細工 スターリングシルバー フォブ ペンダントヘッド
with ブリティッシュ ホールマーク
横の長さ 2.7cm、留め具の円環を含む縦長 3.7cm、最大厚み 1.5mm、重さ 7g、1938年 バーミンガム アセイオフィス、
No. 18120 スターリングシルバー 組チェーン フラワーモチーフ ネックレス
一周の長さ 42.5cm、重さ 42g、フラワー組チェーン横幅 9mm、フラワー組チェーン厚み 3.5mm、チェーンの留め具に近い部分の横幅と厚み5mm*2mm、
パーツの銀はそれぞれに厚めで、全体で42グラムと、かなりの持ちはかりがあります。
重厚な銀のアクセサリーをお探しの方にお薦めしたいと思います。
留め具部分にはスターリングシルバーを示す「925」と「SIL」の刻印があります。
No.18114 スターリングシルバー & ターコイズ ブレスレット SOLD
内長径 5.7cm、内短径 4.5cm、重さ 8g、ターコイズの長さ
2.3cm、横幅 3mm、ターコイズ飾り部分の銀フレーム含む厚み
2.5mm、SOLD
ターコイズの色合いe畉麗です。
飾り部分の裏面にフレーム素材がスターリングシルバーであることを示す「925」刻印があります。
No. 18074 リボン飾り シルバー シール
高さ 6.6cm、柄の最大幅 1.3cm、柄の最大厚み 8.5mm、重さ 10g、底面の縦横 1.4cm*1.8cm、
リボンの飾りに特徴がある銀製のシールです。 裏面も同様なデザインで、クルッとしたリボンと、リボンクロスのレリーフがあります。 下部には素材が銀純度80%のシルバーであることを示す「800」刻印があります。
以下の品々にもありますように、どうもリボン飾りの装飾は、ヴィクトリアン終わり頃からエドワーディアン頃のデザインに多いように思います。
No. 16147 エドワーディアン スターリングシルバー フォブ ペンダントヘッド
with ピアストワーク
No. 15631 リボン飾り ヴィクトリアン スターリングシルバー オールドイングリッシュ パターン スプーン
今から百十年ほど前になりますが、当棊ャ行ったデザインと云うことでしょう。 夏目漱石のロンドン留学の頃と重なっております。 漱石もロンドンで影響を受けて、『Ol郎』に出てくるリボンの話に繋がっていったのではないかと考えています。
押してみたらどんな感じだろうかと、ブルータックに押印してみたのが、ハ真二番目になります。 イニシャルは「E.
H.」です。
シールとは、閹に封をするときに、蝋を溶かしておいて、グッと押して使う印鑑のような品になります。 差出人の証明になるとともに、無理に封書を開けようとすれば、封蝋が壊れてしまうので、この封蝋がある限りは手紙の内容について秘密が守られている証ともなるわけです。
今日ではほとんど無くなった慣習になりますが、昔のヨーロッパを舞台とした映画などで時に見かけることがあり、ご存知の方も多いでしょう。 現代では一般には使われない珍しいアンティークではあるものの、封蝋付きのレターというのも、してみればかっこよさそうに思うのです。
リボン飾りが特徴的な銀シールでありますが、このリボンについて少し考えてみたいことがあります。 二十一世紀に暮らす日本人の私たちは、この装飾を見て、リボンがクルッとかかって、かわいいなと思われるでしょう。 しかしながら、この銀製品が使われていた一世紀ほど前に、当桙フ日本人が見たとしたら、そう簡単にはピンと来なかった可能性が高いのです。
その手掛かりは朝日新聞に1908年に連載された夏目漱石の『Ol郎』にあります。 第二章の最後に以下の一節がありますので、まずは読んでみましょう。
『l角へ出ると、左手のこちら側に西洋小間物屋(こまものや)があって、向こう側に日本小間物屋がある。そのあいだを電ヤがぐるっと曲がって、非常な勢いで通る。ベルがちんちんちんちんいう。渡りにくいほど雑踏する。野々宮君は、向こうの小間物屋をさして、
「あすこでちょいと買物をしますからね」と言って、ちりんちりんと鳴るあいだを駆け抜けた。Ol郎もくっついて、向こうへ渡った。野々宮君はさっそく店へはいった。表に待っていた三l郎が、気がついて見ると、店先のガラス張りの棚に櫛だの凹猖(はなかんざし)だのが並べてある。Ol郎は妙に思った。野々宮君が何を買っているのかしらと、不審を起こして、店の中へはいってみると、蝉(せみ)の羽根のようなリボンをぶら下げて、
「どうですか」と聞かれた。』 (以上、引用終り)
lつ角というのは本郷三丁目の交差点で、向こう側の日本小間物屋というのは、「本郷も兼安までは江戸のうち」の川柳で有名な兼安を指しています。 「蝉(せみ)の羽根のようなリボン」という表現は、すさまじい感じで、リボンを見たことがない人にも、リボンがなんたるか説明したい漱石の親切でしょう。
『Ol郎』を今読むと、なんともノスタルジックで、アンティークな読み物と感じますが、朝日新聞に連載された頃はトレンディー小説だったわけで、当桙フ先端柾棯物語の背景にあります。
小説の中で、野々宮さんがリボンを買いに、交差点を渡って、向こう側の日本小間物屋に行っていることがポイントです。 明治終わり頃まで日本には国Yリボンはありませんでした。 リボンは西洋からの輸入品で、殖Y興業の観点から高率な関税がかけられ、簡単に手に入る品物ではなかったのです。
ところが、ようやく国Yリボンの生産が始まったのが、ちょうど『Ol郎』の時代でした。 ですから、野々宮さんは西洋小間物屋ではなく、日本小間物屋でリボンが買えたわけです。 国Yリボンが出nめて間もない時代であったので、トレンディーでない普通の読者向けには「蝉(せみ)の羽根のような」という説明も必要だったと思われます。
ハ真のアンティークは『Ol郎』と同じ時代に作られていると思われますが、当桙フ普通の日本人にとっては、まだまだ馴染みのうすいリボンだったと考えられるのです。
No. 18323 花一輪 スターリングシルバー クロス ペンダントヘッド
縦の長さ(留め具銀円環含む) 3.0cm、クロス本体の縦長 2.9cm、横の長さ 1.55cm、
花一輪のハンドエングレービングが可愛らしいスターリングシルバー クロスです。
長い年撃フあいだ大事にされてきた銀の趣があります。 銀の磨耗度合いと言いましょうか、銀の風合いと言いましょうか、そんなあたりがいい感じで、気に入りました。
桙経た銀の輝きは味わい深く、なにかしら惹かれるところがあります。 こういうのを白銀(しろがね)の輝きと呼ぶのでありましょう。
ハ真二番目に見えるように、裏面にはメーカーズマークと、素材が銀であることを示す「STERLING
SILVER」の刻印があります。
磨きぬかれたソリッドシルバーの輝きを楽しむのも、またよいのではと思わせてくれる銀です。
お客様から、なるほどと思わせていただいたお話がありますので、ご紹介させていただきましょう。
『先日北海道では珍しい大型台風が通過し、短條ヤですが停電となってしまいました。夜、d方がないので古い灯油ランプを持ち出し屋内の照明としたのですが、以前阡zいただいたティースプーンをランプの光にかざしてみたところ、ほの暗い明るさの中、スプーンのボウル内や彫刻の輝きにしばし見とれました。銀のアンティークには点光源の古い照明が合うようです。また昔の貴族が銀器を重用したのもうなずける気がします。』
рヘアンティーク ランプ ファンで、早速に獅オてみたのですが、シルバーにアンティークランプの灯がほんのりと映って揺れているのを見ていると、なんだか心が翌ソ着くものでした。
No.18324 ブリティッシュ シルバー ホールマーク付 銀の受け皿
横の長さ 10.1cm、縦の長さ 7.4cm、高さ 2.0cm、重さ 45g、1915年 バーミンガム アセイオフィス、
今から百年ほど前に作られた銀の受け皿になります。
百年ものという古さは、アンティークとしてやはり大きなポイントになりますし、ホールマークの刻印が皿の部分に付いていますので、本物の銀ということがすぐに分かるのもよいでしょう。
ハ真一番目で手前に見えているのが、ブリティッシュ シルバー ホールマークで、刻印は順に1915年のデートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、そしてメーカーズマークになります。 メーカーズマークの刻印はあまくなっていますが、デートレターとライオンパサントとアンカーマークは、しっかり深く刻印されています。
小物、w輪置き、ビスケットやチョコレートなどを入れてお茶のお供にいかがでしょうか。
No.18325 フィリグリー シルバー クロス
クロス本体の縦の長さ 5.6cm、重さ 8g、横の長さ 4.5cm、銀円筒の直径 5.5mm、
フィリグリー(金や銀などの線条細工)が美しい、銀のクロスです。 繊細なつくりで、大きめサイズであることから、ゴージャスな印象のクロスと思います。
縦が6センチほどあり、大きなサイズの銀クロスになりますが、繊細な透かし模様のせいで威圧感がないことで、gいやすいと思います。
銀素材ですので色変わりがありますが、銀磨き液に少し浸けていただくと、元通りの銀の輝きを簡単に取り戻すことが出来ます。
ハ真二番目は裏面の様qです。 クロス中央 l葉の一つに中抜けがありますが、裏面であり、表サイドwズ麗なことから、これはアンティークの味わいのうちと思っていただければと思います。
『рヘキリスト教の信仰者ではありませんが、何故かクロスにとても惹かれます。』というお便りをいただきました。
英吉利物屋ではアンティークのクロスを扱っておりますので、関心のある方から、そういうお話があるのは珍しいことではないかも知れません。 けれども、クロスに惹かれるという話はこれが初めてというわけでなく、多くの方からお聞きしてきましたし、р烽サう感じることがあるので、なぜだろうかと考えたくなるのです。
英国アンティーク情報欄にあります「40. 何故かクロスにとても惹かれます。 その理由を英吉利物屋風に考えてみました。」もご覧いただければ幸いです。
No. 18326 ダブル ハート モチーフ エドワーディアン スターリングシルバー ブローチ
横の長さ 4.8cm、最大縦長 2.0cm、外側のハート横幅 1.85cm、ピンの長さ 3.7cm、1901年 チェスター アセイオフィス、
No. 18987 グッドラックのお守り & ボールマーカー ジョージ五世 シリング銀貨
シリング銀貨の直径 2.35cm、重さ 6g、厚さ 1.5mm、シリング銀貨は1936年 鋳造、
グッドラックのシリング銀貨、рヘゴルフの時にボールマーカーとして使っています。 銀貨のグッドラック効果がよいのか、グリーン上で集中力が増し、好結果につながるように思います。 イギリス人のゴルファーはカナダやニュージーランドなど外国コインをマーカーに使う人も多いですが、お膝元であるイギリスの、それも銀貨と分かると、興味を示す人が多いので、話題性もあってグッドです。
ポンド、シリング、ペンスと三つの単位を持っていた英国の旧通貨単位はなんだかとても複雑で、十二進法が混じっているので計Zするのも億劫です。 一方で、今ではもうないシリング銀貨という言葉の響きにはノスタルジーを感じます。
例えば、ヴィクトリア梠繧ノ英国留学した夏目漱石がシャーロック・ホームズで有名なロンドンのベーカー街で昼食したら
2シリングほどだったと日記に書いていて、そんな資料から当桙フ暮らしに思いを馳せるのも、シリング銀貨を通じたノスタルジックなアンティークの楽しみ方と思います。
王冠の上にライオンが乗ったデザインが見えます。 細かいことを言うと、大紋章の各部を構成する部分にはいろいろな呼び名がありますが、紋章の天辺にある飾りをクレストと言います。 ジョージ五世の大紋章のクレストが、ハ真一番目に見える王冠&ライオンのデザインであるわけです。
イギリスで人気のある強い動物といえば、まずはライオンが挙げられます。 イギリスの数多いパブの中にあって、もっとも多い名前が「Red
Lion」で、英国人のライオン好きを示しています。 この国には約六万繧フパブがありますが、そのうちで一番多いパブの名前は「Red Lion」で、六百軒のレッドライオンがあると言われます。 英国中のパブのうちほぼ百軒に一軒はレッドライオンという計Zです。
歴史的に見ても、O頭のライオンは『ライオンハート(R心王)』の愛称で知られる12世紀の英国王リチャード一世時代からのエンブレムです。 リチャード一世は十年間の治世中に国内にいたのがたったの六ヶ撃ニいう王様で、海外での戦いに明け暮れた英国王でした。 戦いで名を馳せ、ライオンハートの称号を得て、その勇気と生きざまは騎mの模範とされています。
そして現代ではサッカーのイングランド代表が使うエンブレムが、まさにこのスリーライオンなのです。 そんなわけで、サッカーのイングランド代表のことを
『11頭のライオン』と呼ぶのも一般です。
さらに言えば、スターリングシルバーの銀純度を保証するブリティッシュ ホールマークも横歩きライオンの刻印で、ライオンパサントと呼ばれます。
こうしてみると、イギリスにおいては大事なものはみなライオンといっても言い過ぎではないように思います。
ハ真二番目に見えるのは英国王ジョージ五世のポートレートです。 ジョージ五世は1910年から1936年までの英国王で、その王妃がドールハウスでも有名なQueen Maryになります。 メアリー王妃はアンティークや刺繍が趣味の奥方でした。
『裸の王様』、『みにくいアヒルの子』、『人魚姫』などで有名なアンデルセンの作品の中に、19世紀半ばに書かれた『シリング銀貨』というおとぎ話があります。 外国旅行に出かけた英国紳mの財布にあった一枚のシリング銀貨が、異国の地で財布からこぼれてしまい、いろいろな人たちを巡りめぐって、最後には元々の持ち主であった英国紳mのもとに戻ってくるというストーリーです。
物語の中で、シリング銀貨に穴をあけて糸を通し「Lucky
Shilling」として身に着けるという話が出てきます。 シリング銀貨は大き過ぎず、小さ過ぎず、ペンダントヘッドにちょうど良いサイズであることと、シルバーという素材は幸福に通じることから、遠いヴィクトリアンの時代よりラッキーシリングとして好まれてきた背景があるようです。
シリング銀貨の周りにはギザギザが付いており、これはよく見かける硬貨の特徴ですので、当たり前のように思われるかも知れません。 ギザギザがあった方が滑り難くて、クいにくいからでしょうか。 それもあるかも分かりませんが、最初にギザギザ銀貨が鋳造されたのは三百五十年ほど前の1663年のことで、それにはもっと大事な理由がありました。
銀貨の歴史を紐解くと、遠い昔には銀の重量そのもので商取引が行われた時代もありました。 しかしこれでは取引毎に重さを量ったり、銀の純度を疑ってみたりと、円滑な取引が出来ません。 そこで銀貨が発明されました。 桙フ為政者が銀貨の質を保証して、人々は銀の重量ではなくて、銀貨の刻印を信じて商取引をするようになりました。
銀の重量ではなく、硬貨に刻まれた文字や数嘯ノよる支払いは、商業活動を大いに伸ばしたわけですが、悪いことする人たちも出てきます。 銀貨の端から銀を少しずつ削り取って銀を盗むのです。 銀貨の重さが少し軽くなっても、表面に刻まれた価値で取引が出来ることを願いながら。
しかしこうした泥棒行為が幅を利かせてくると、『グレシャムの法則』が働き始めます。 グレシャムは「悪貨は良貨を駆逐する。」と言いました。 綺麗で完全な銀貨と、軽くなった銀貨が手元に入ってくると、人々wズ麗な銀貨は手元に残し、軽くなった銀貨は取引に使おうとします。 こうして良貨は退蔵されて世の中から駆逐され、やがて流通する銀貨は悪貨ばかりになっていくというわけです。
銀貨のギザギザは、銀貨の周囲から少しずつ銀を削り盗る不正を予防するために、イギリスで1663年に初めて導入されたのでした。
最後に、イギリスの昔のお金についてですが、1ポンド=20シリング=240ペンスなので、「1シリング」=「12ペンス」になります。 ポンド、シリング、ペンスと三つの単位を持っていた英国の旧通貨単位はなんだかとても複雑で、十二進法が混じっているので計Zするのも億劫です。
昔、サマセット・モームの「撃ニ六ペンス」の題名を初めて見た時に、なぜ六ペンスなのかと思ったものですが、十二進法の通貨単位では、ちょうどきりがよい数嘯ナもあるのです。
1971年になってようやく旧通貨制度が廃~され、1ポンド=100ペンスのすっきりした十進法の制度に代わって現代に至っています。
この十二進法梠繧フ名残が、今日の英国人の暮らしにまだ残っていることに、先日気が付きました。 娘が通ったイギリスの小学校では、掛け算の九九のことを「Times
Table」と呼んで、低学年の子供たちは日本と同じように暗唱するまで練習します。 ところが日本と違うのは「一の段」から始まる九九が「九の段」で終わらないのです。 イギリスの九九は12*12まで覚えます。 日本の九九は81通りですが、英国の九九は12*12=144通りです。 今日の十進法の暮らしなら「十一の段」や「十二の段」は不要なはずですが、ずいぶん昔の名残が未だに残っていて、先生たちも「十二の段」まで教えないと翌ソ着かないのでしょう。
このややこしい12進法の呪縛をイギリス人にかけたのは、一千年近く前にイングランドを征服してノルマン王朝を開いた、元々はフランス貴族のノルマンディー公ウィリアム(=ウィリアム一世)だったことが知られています。 彼がやってくる前のサクソン梠繧フイングランドでは、「1シリング」=「5ペンス」だったものを、この新しい征服メが「1シリング」=「12ペンス」にせよと定めたのでした。 そしてその後、お金の単位については1971年までウィリアム一世の定めが守られてきたわけで、そしてまた、今でも21世紀の子供たちが「十二の段の九九」を習っているわけなのです。
No. 18986 バンク オブ イングランド 10
シリング 銀行券 シルバーケース入り ペンダントヘッド
with IN EMERGENCY BREAK GLASS SOLD
「10 Shilling Note」の銀製ホルダー 縦*横*奥行き
1.15cm*1.35cm*0.85cm、SOLD
No. 18985 London Academy of Music エナメルワークのフォブ
フォブの長さ(留め具含む) 3.8cm、最大横幅 2.75cm、厚み 2.5mm、重さ 15g、Christmas 1936年 英国製、
コンディションの良好な London Academy of
Musicのフォブで、銅素材の周辺部にはエナメルワークがかかっています。 銅の厚みが感じられて、デザインには楽譜が開かれた様q、ハープに管楽器、そして周りには植物文様も見られます。
こうした品はすぐれて個人的なものですが、なにかしら元気がもらえそうなこと、さらにはデザインの良さに惹かれて求めたものです。 ハ真二番目に見られるように、裏面には「Christmas
1936」とありますので、今から七十年以上前の品ということになります。
No. 16161 トリニティー モチーフ スターリングシルバー クロス
with ブリティッシュ ホールマーク
縦の長さ(留め具含まず) 4.6cm、横の長さ 2.7cm、クロス下部の最大幅 0.9cm、厚み1mm、1978年 バーミンガム アセイオフィス、
比較的近年の品になりますが、大胆な手彫りのエングレービングはファセット(彫刻切面)に変化をもたらし、ブライトカットのような光の反射e畉麗です。 彫刻切面に広さと角度が付いていることから、ブライトカットと同じ効果が出て、光の反射が美しく映えるという仕組みです。
また、エングレービングの背景部分はシルバーのマットd上げになっています。 銀の表面にとても細かな凹凸を付けて銀の光沢を意図的に絞った細工で、光の反射具合に翌ソ着きがあり、シックな味わいも楽しめます。
ルーペを使って彫刻の様qを詳細に観察してみると、作者はなかなかの彫刻刀の使い手と感じた次第です。
裏面には四つのブリティッシュ ホールマークが刻印されているのは、このスターリングシルバー クロスのよい特徴となっています。 ホールマークは順にメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1978年のデートレターになります。
トリニティーとは、「the Father, the Son and
the Holy Spirit(父なる神、qなるイエス・キリスト、そして聖霊)」の三メが一体であるとする三位一体説のことで、クロスに見える三つのこぶが三メをあらわしています。
オックスフォードやケンブリッジの大学に行きますと、キングスカレッジやクイーンズカレッジなどの名前に加えて、トリニティーカレッジもおなじみです。 トリニティーという概念は、昔から重要な役割を果たして来たことがうかがい知れます。
No.18854 スターリングシルバー ハート &
ヴィクトリアン キー ペンダントヘッド with
ライオンパサント 銀円環
ヴィクトリアン キーの長さ 3.0cm、ハートの横幅 1.2cm、全体の重さ 5g、
ハートに鍵、鍵は小さめサイズです、ペンダントヘッドやキーホルダーとしてお使いいただけます。
アイアン素材のキーはヴィクトリアンの作で間違いないでしょう。
ハートの内側には素材がスターリングシルバーであることを示す『925』刻印があります。
上部に見える銀円環にはスターリングシルバーを示すライオンパサントの刻印があるのもよいでしょう。
ちなみに、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)は、英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになり、重要な刻印です。 ライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。
横歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から460年ほど前の1544年のことになります。 これは当档eューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。
銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。
歴史や伝統に格別なこだわりを持つイギリス人は、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)にも特別な愛着があって、五百年の長きにわたって、この刻印を使い続けて今日に到っております。
No. 19303 スターリングシルバー HOLY BIBLE
ロケット *
本体の縦長 1.5cm、本体の横長 1.25cm、留め具の銀円環を含む最大縦長 2.1cm、厚み 6.5mm、重さ 5g、
小振りなロケットながら、素材の銀には厚みがあって、揩ソはかりが伝わってきます。 このちょっとした銀塊感は銀好きにはグッときます。
ハ真二番目に見えるように、側面部分にはページの筋が再現されていて細部まで作りがよく、全体としてリアルな「HOLY
BIBLE」に仕上がっているのはよいでしょう。
蓋の開閉はゆるくなく、きつくなく、カチッといい感じ。 ヒンジのつくりも頑丈で、しっかり出来ていて安心と思います。
ホールマークはありませんが、素材はスターリングシルバーで間違いありません。
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