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スターリングシルバー アクセサリー 3





No. 19100 ライオンパサント銀円環付 ヴィクトリア女王 グッドラック シリング 銀貨(「Lucky Shilling」) ペンダントヘッド
シリング銀貨の直径 2.35cm、重さ 6g、厚さ 1.5mm、シリング銀貨はヴィクトリア女王、1893年 鋳造、8,300円
ヴィクトリアン シリング銀貨のペンダントヘッドです。 上部に見える太めな銀円環にはスターリングシルバーを示すライオンパサントの刻印があるのもよいでしょう。 この銀円環は太さが2ミリほどあってしっかりです。

ちなみに、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)は、英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになり、重要な刻印です。 ライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 

横歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から460年ほど前の1544年のことになります。 これは当档eューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。 

銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

歴史や伝統に格別なこだわりを持つイギリス人は、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)にも特別な愛着があって、五百年の長きにわたって、この刻印を使い続けて今日に到っております。

イギリスではシリング銀貨に穴を開けただけのペンダントヘッドを時々見かけます。 アクセサリーにしては、あまりに作りが簡単なので、どうしてだろうかと不v議に思っていたのですが、この品の背景が二つの別々の方面から分かってきましたので、ご紹介してみましょう。

トーマス・ケイズという人の研究によると、船舶や鉄道の発達によって国外への旅が増えた19世紀には、銀貨に穴をあけて、ジャケットの裏に縫い付けておくなどして、旅先での非常用通貨にするということが行われていたそうです。 当桙ヘ多くの国で金銀を本位通貨とする貨幣制度が採用されていたので、世界の大国であったイギリスの銀貨は、いわばトラベラーズチェックのように、英国外でもある程度は通用したというわけなのです。

そうしますと、今日見かける写真のようなペンダントヘッドは、元々はアクセサリーとして作られたわけではなく、こうしたトラベラーズチェックの代わりだった可能性があります。 

さらに加えて、『裸の王様』、『みにくいアヒルの子』、『人魚姫』などで有名なアンデルセンの作品の中に、19世紀半ばに書かれた『シリング銀貨』というおとぎ話があります。 外国旅行に出かけた英国紳mの財布にあった一枚のシリング銀貨が、異国の地で財布からこぼれてしまい、いろいろな人たちを巡りめぐって、最後には元々の持ち主であった英国紳mのもとに戻ってくるというストーリーです。 

物語の中で、シリング銀貨に穴をあけて糸を通し「Lucky Shilling」として身に着けるという話が出てきます。 シリングは大き過ぎず、小さ過ぎず、ペンダントヘッドにちょうど良いサイズであることと、シルバーという素材は幸福に通じることから、遠いヴィクトリアンの時代よりラッキーシリングとして好まれてきた背景があるようです。 

これら二つの話を合わせて考えてみると、ヴィクトリア梠繧ノは穴あきシリングが、рスちが今思う以上に多くあったのではないでしょうか。 そして、巡りめぐってそれを手に入れた人たちの中には、「Lucky Shilling」の側面を重汲オて、ペンダントヘッドにされていくものも少なからずあったろうと思うのです。

わざわざアクセサリーにするには作りが簡単過ぎますが、さりとて銀貨に穴をあける仕魔ヘ誰もが出来るほど容易くはありません。 初めはトラベラーズチェックとして使われ、後にはラッキー シリングとして大切にされてきたと考えれば、今日こうした品を時々見かけることに納得がいくのです。

表に描かれているのはヴィクトリア女王の横顔です。 女王の若かりし頃はナショナル ポートレートギャラリーにある肖像画でご覧いただけるのですが、以下に写真がありますのでご参考まで。 「英国アンティーク情報、14.Still Victorian

クイーン ヴィクトリアが若干18歳の若さで英国王位を継承したのは1837年のことで、この年から六十余年に及ぶヴィクトリア梠繧ェ始まり、戴冠50・Nのジュビリー イヤーには、盛大なお祝いが行われました。 ヴィクトリア女王は在位期間が長かったことと、その時代は英国の国力が格段に伸張した時期と重なっていた為に、イギリスjの中でも特にポピュラーな国王となりました。

裏面にはヴィクトリア女王時代に好まれたシールドリバースのデザインに採用されています。 描かれているのは、右上にライオンの立ち姿でライオンランパント、左下にはハープクラウンド、そして三頭のライオンは『ライオンハート(R心王)』の愛称で知られる12世紀の英国王リチャード一世時代からのエンブレムです。 銀貨の下部には1893年の数嘯ェ見えます。
ライオンパサント銀円環付 ヴィクトリア女王 グッドラック シリング 銀貨(「Lucky Shilling」) ペンダントヘッド ヴィクトリア女王 グッドラック シリング 銀貨(「Lucky Shilling」) ペンダントヘッド


No. 19001 一粒ムーンストーン & 透かし細工 スターリングシルバー ペンダントヘッド SOLD
長さ 3.1cm、ムーンストーンの直径 5mm、銀透かし飾りの長さ 2.2cm、銀透かし飾りの最大直径 8mm、SOLD
一粒ムーンストーンと銀の透かし装飾ペンダントヘッドです。 ホールマークはありませんが、素材は全て、先端の円環にいたるまで、スターリングシルバーで間違いありません。 

ドーム状に丸く盛り上がったカボションカットであることから、薄明の頃のみならず、明るいところでもムーンストーン特有の青白い光彩がよく出ます。

ムーンストーンは石の奥から輝くように見える青白い光が印象的で、航海の安全をもたらす「旅のお守り」とされてきたと言われるのもワける気がします。 この石は薄明の頃、つまり夕暮れ時や日の出前の天空がうす明るい状況で、その輝きが最も美しいように思います。 この程度の明るさだと、青みがかった白いほのかな光彩が一番引き立って見えるようなのです。 

ムーンストーンの「blue or white sheen(青白い光彩)」に魅せられて調べてみたのですが、この独特な輝きはムーンストーン内部の層状構造がもたらすのだそうです。 この石の内部は「albite(曹長石)」と「orthoclase(正長石)」が交互に層をなしていて、albite(曹長石)の層は青い光を反射し、orthoclase(正長石)の層は白い光を反射します。 外から見ると、この二つの輝きがミックスされて、石の奥からこぼれてくるように見える印象的な青白い光彩が生み出されると言うわけなのです。

あるお客様は次のように言っておられたので、ご紹介させていただきましょう。
『先日いただいたムーンストーンリングは、夜道で喧セかりを含むと、うす紫色に輝いています。』
一粒ムーンストーン & 透かし細工 スターリングシルバー ペンダントヘッド


No. 18999 ブライトカット トリニティー モチーフ エドワーディアン スターリングシルバー ケルティック クロス ペンダントヘッド
縦の長さ(留め具含む) 5.0cm、横の長さ 3.4cm、最大厚み 2mm縺A重さ 8g、1902年 バーミンガム アセイオフィス、11,800円

ブライトカットの彫刻が美しい銀のクロスで、ブリティッシュ ホールマークが刻印されたエドワーディアン シルバーであること、そしてトリニティー&ケルティック モチーフの面白さと、O拍q揃った見所の多いアンティーク シルバーと思います。

ソリッドなスターリングシルバーのクロスで、素材が厚めでしっかり出来ているのは好印象と思います。 クロスの中央が一段高くなった構造で、この辺りが最大厚みの2ミリ繧ニなっています。 ソリッド(solid)とは、このクロスがホロー(中空)構造ではなくて、中まですべてが銀v瀁密構造であることを言います。

ハ真二番目にあるように、裏面に刻印されたブリティッシュ ホールマークを読み取ってみると、エドワーディアン初期の1902年の作と分かります。 今から110年も前のシルバーで、日露戦争前に日英同盟が結ばれた頃の品になり、かなり古いことがお分かりいただけましょう。 ホールマークは順にバーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、1902年のデートレター、そしてメーカーズマークになります。

アーサー王物語の挿絵で見かけるような、このデザインは一般にケルティック クロスと呼ばれます。 丸に十嘯フデザインを特徴として、太陽とクロスの組み合わせを示しています。 

遠く歴史をたどりますと、このケルティック クロスのモニュメントは英国西部のコーンウォール地方からウェールズ、スコットランド西方諸島、そしてアイルランドに分布していて、千二百年以上前のケルト人によって建てられたものです。 今日的感覚では墓標のように思いますが、そうではなくて、ミーティング ポイントとして建立されたらしく、興味深く思います。

ケルティックとは「ケルト人の」という意味です。 英国jにおいてケルト系の人達とは、もともとのイギリス先住民で、民族大移動によって欧州大陸方面からノルマン系住民が流入して支配的な地位を占めるようになると、汨謔ノ辺境の地へ追いやられていった人たちです。 彼らが追われた辺境とは、スコットランド、ウェールズ、英国西部のコーンウォール、そしてアイルランド等でした。 とは言っても、x配と被支配という関係だけではなく、結局は婚姻などで入り混じって今日のイギリス人が出来あがっています。 ちなみにロンドンという地名やテムズ川の名前はケルトの名称だそうですし、今日の英国人は自分たちのことをブリトンと呼びますが、このブリトンとは元々ケルトの一部族の部族名でした。

イギリスにおけるケルト諸族の歴史については、英国アンティーク情報欄にあります「32. ウェルシュ ボーダーの Weobley村」の解説記魔烽イ覧になってください。

それから、円卓の騎mのアーサー王は、コーンウォールで生まれたとされる伝説的なケルトの王様です。 アーサー王伝説については、「28. Tintagel アーサー王伝説の村」の記魔烽イ参考まで。

また、ハ真のシルバークロスの場合には、クロスの四方に見える三つの尖がりも特徴的です。 これらはトリニティーを表象しています。 トリニティーとは、「the Father, the Son and the Holy Spirit(父なる神、qなるイエス・キリスト、そして聖霊)」の三メが一体であるとする三位一体説のことで、クロスに見える三つの尖がりが三メをあらわしていると言うわけです。 

オックスフォードやケンブリッジなど歴史の古い大学に行きますと、キングスカレッジやクイーンズカレッジなどの名前に加えて、トリニティーカレッジもおなじみです。 トリニティーという概念は、昔から重要な役割を果たして来たことがうかがい知れます。

もう一つのポイントと言えるのが、クロスの円形部分に見られる深めな彫りで、ブライトカットが施されており、光の反射e畉麗です。

ブライトカットは18世紀の終わり頃から、英国においてその最初の流行が始まりました。 ファセット(彫刻切面)に異なった角度をつけていくことによって、反射光が様々な方向に向かい、キラキラと光って見えることからブライトカットの呼び名があります。 この装飾的なブライトカット技術が初めて登場したのは1770年代でしたが、それは良質の鋼(はがね)が生産可能となってエングレービングツールの性能が向上したことによります。 

『рヘキリスト教の信仰者ではありませんが、何故かクロスにとても惹かれます。』というお便りをいただきました。 

英吉利物屋ではアンティークのクロスを扱っておりますので、関心のある方から、そういうお話があるのは珍しいことではないかも知れません。 けれども、クロスに惹かれるという話はこれが初めてというわけでなく、多くの方からお聞きしてきましたし、р烽サう感じることがあるので、なぜだろうかと考えたくなるのです。

英国アンティーク情報欄にあります「40. 何故かクロスにとても惹かれます。 その理由を英吉利物屋風に考えてみました。」もご覧いただければ幸いです。

ブライトカット トリニティー モチーフ エドワーディアン スターリングシルバー ケルティック クロス ペンダントヘッド





No.19112 スターリングシルバー ロケット with ブリティッシュ ホールマーク
楕円の長径 4.3cm、短径 3.4cm、厚さ 6mm、重さ 15g、1978年 シェフィールド アセイオフィス、13,800円
かなり大きなロケットで、素材の銀も厚めなので、15グラムと持ちはかりがあり、しっかり出来ています。

ロケットにもいろいろありますが、長径 4.3cm*短径 3.4cm、大きな写真を収納されたい方にはお薦めできます。 

また、ブリティッシュ シルバーホールマークが刻印されており、正統派の銀であることもポイントです。

英吉利物屋の扱い品としては比較的に近年の作になりますが、ハンド エングレービングのレベルはかなり高い感じます。

ホールマークから製作年が分かりますが、近年といっても、それでも四十年に近い年撃ェ経過しております。 コンディションもよろしくて、おそらくあまり使われることなく現在に至っているものでしょう。

裏面には四つのブリティッシュ ホールマークがしっかり深く刻印されているのも、この品のよい特徴です。 ハ真二番目に見えるホールマークは順にメーカーズマーク、シェフィールド アセイオフィスのローズマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1978年年のデートレターになります。

ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)は、英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになり、重要な刻印です。 ライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 

横歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から460年ほど前の1544年のことになります。 これは当档eューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。 

銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

歴史や伝統に格別なこだわりを持つイギリス人は、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)にも特別な愛着があって、五百年の長きにわたって、この刻印を使い続けて今日に到っております。
スターリングシルバー ロケッ with ブリティッシュ ホールマーク


No. 18993 スターリングシルバー & ローズゴールド デコレーション Forget-me-not (勿忘草) フラワーバスケット ブローチ with シルバー ホールマーク
横の長さ 4.6cm、最大縦長 2.0cm、留め具ピンを含む最大厚み 8mm、1917年 バーミンガム アセイオフィス、14,800円

今から百年ほど前に作られたスターリングシルバーのブローチです。 ほとんど使われることなく現在に至っているようで、コンディションのよいアンティークです。

ハ真二番目のように裏面には、下部の左に三つ、右に一つのブリティッシュ シルバー ホールマークが、どれもしっかり深く刻印されています。 ホールマークは右から順にメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1917年のデートレターになります。

バスケットの左右には、繊細な小花の彫刻が施してあります、花の様qからみてForget-me-not (勿忘草) でありましょう。 

ローズゴールドとシルバーのコントラストが楽しめるのもポイントになっています。 バスケットの飾り部分はローズゴールドの薄板が載ったつくりです。 

9カラットゴールドは金含有量が37.5%の合金ですが、金以外には銅を多く含む場合には、その色あいは赤みがかかっていて、イギリスではローズゴールドと呼ばれます。 英国にはバラの花が好きな人たちが多いので、ゴールドにおいてもローズゴールドが好まれるのでは?と思えます。 金純度の高いイエローゴールドよりも、温かみがあってVery Britishな装飾素材と思います。

ローズゴールド部分のエングレービングは彫刻線の強弱がよく効いて美しい仕上がりになっています。 ブライトカット様の深めな彫りは光を美しく反射し、また微細な直線カットを重ねた彫りやジグザグカットの配列など、様々な技巧が施されていて、アンティークハント用のルーペが一本あれば楽しみも増すと思います。 

フラワーバスケットに勿忘草というデザインは、当桙フ定番モチーフの一つと言ってよいでしょう。

わすれな草はヨーロッパを原産とする、薄青色の小花が可憐な一年草で、信タとか友愛のシンボルとされます。 花言葉は「Forget-me-not」そのもので、「忘れないで」です。

「Forget-me-not」はイギリスのフィールドでよく見られる花で、昔から咳~めなどの薬草としても使われてきましたので、人気があって役に立つ花です。 イギリスの勿忘草は、細かく言うと四つほど種類があります。 野原で一般的なのは「フィールド勿忘草」、森の中で見られる「ウッド勿忘草」はやや大型です。 イエローからブルーに色が変わっていくのが「チェインジング勿忘草」で、ふさが特徴の「タフティド勿忘草」もあります。

日本語で「忘れな草」を「勿忘草」と書くと、漢文調な雰囲気で古っぽく見えて、万葉集や古今和歌集にも出てきそうな日本古来の野草のようにも感じます。 タ際には「Forget-me-not」が日本にやってきたのは、百年とちょっと前のことで、「勿忘草」or「わすれな草」と訳語の日本名が付けられたのは、日露戦争があった1905年のことでした。

それでは、イギリスではどうかと言うと、これまた日本と同じ事情で、タは「Forget-me-not」という名前は舶来品の訳語でありました。 「Forget-me-not」という花の名は、元々は中世ドイツの伝説が起源で、ドイツ語の「忘れないで!」というのが、根っこになって世界中に広がっていったのです。 この伝説をもとにしたポエムをイギリス人のサミュエル・コルリッジが書いたのが1802年でありました。 そしてこれが英語の中に「Forget-me-not」が受容されるきっかけになったのです。

ドイツ起源の「勿忘草」がデンマークやスウェーデンに伝わり、そしてフランスに伝わり、イギリスに入ってきたのが1802年、それから百年ほどして日本へ、言葉の伝播の歴史も興味深く思います。

それから、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)は、英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになり、重要な刻印です。 ライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 

横歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から460年ほど前の1544年のことになります。 これは当档eューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。 

銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

歴史や伝統に格別なこだわりを持つイギリス人は、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)にも特別な愛着があって、五百年の長きにわたって、この刻印を使い続けて今日に到っております。

Forget-me-not (勿忘草) &バスケット ローズゴールド デコレーション スターリングシルバー ブローチ with ブリティッシュ シルバー ホールマーク



No. 19151 スターリングシルバー ウォッチ チェーン SOLD
長さ(バーからループ状留め具まで) 14.7cm、重さ 6g、バーの長さ 2.1cm、二連チェーン部分の長さ(留め具含む) 5.6cm、丸飾りの直径 2.8cm、SOLD

小振りなチェーンですが、二連チェーン部分の飾りが美しく、全体として細工のよいアンティークと感じます。 バーにはスターリングシルバーを示す「925」刻印があります。 また、ループ状の留め具にもスターリングシルバーを示す「925」刻印があります。

ウォッチチェーン本来の用途に使う場合には、チョッキのボタン穴にバーを差し込んで、梃v本体を横にあるポケットに入れて、チェーン本体が横長に見えるように身に着けたものです。

もちろん、梃vを付ける道具でありますが、仮に時計を付けなくても、昔風にチェーンを横渡しにして服装の装飾にしてみるのもアンティークな雰囲気が楽しいと思います。

デートレターはありませんが、飾り部分やチェーンの様q、そして全体の構成から見て、ヴィクトリアン終り頃からエドワーディアン頃に作られたスターリングシルバーでありましょう。

先端のループ状留め具の仕組みについてご質問がありましたので、説明させていただきます。 この品はつくりが良いので、隙間がわずかで見えにくいかも知れませんが、ループの下部に斜めに切れ込みが入っているのが分かるかと思います。 この留め金の付け根部分にバネが仕込まれていて、外向きに押す力が働き、開閉が出来る仕掛けになっています。

アンティークハンターの立場から言いますと、このバネd掛けが壊れた品がけっこうありますので、往桙フままに良好なコンディションの品が見つかると嬉しいものなのです。
スターリングシルバー ウォッチ チェーン


No. 19150 アーツ & クラフツ ヴィクトリアン シルバープレート ピアストワーク ベルト
長さ 69cm、重さ 111g、バックル部分の最大ピース縦横 5.6cm*4.1cm、ベルトの帯幅 2.8cm、ヴィクトリアン後期からエドワーディアン頃の英国製、10,800円

ヴィクトリアン シルバープレートのアクセサリーです。 作られたのはヴィクトリアン後期からエドワーディアン頃となりますので、今から一世紀以上も前の作品になります。

それぞれのピースを詳しく見てみましょう。 中央のバックル部分には三つ葉のデザインが上下にあって、中ほどのフラワーデザインと相俟って、ゴージャスなピアストワークを構成しています。 ベルトの帯部分には、上下にハートがあしらわれ、左右上下にはCスクロールの複合デザインが効いています。 ハートもCスクロールも、ヴィクトリアン アンティークに典型的に見られるデザインです。 

もともとの用途は、百数十年前には女性用のベルトとして使われた品になります。 当桙ヘベルトと言っても、長さの短い品が多く、例えば 「16651 ヴィクトリアンベルト」と同じタイプのアクセサリーと言えましょう。 ただ、ハ真l番目をご覧いただくと、ヴィクトリアン終り頃からエドワーディアン頃の様qですが、なるほど、納得です。

今日的な使い方としては、ネックレスにするのもありかなと。 ゴージャスなヴィクトリアン アンティークで、もともとの用途と歴史的背景が興味深く、話題性も抜群なアンティークと思います

ハ真O番目は裏面の様qになります、しっかり作り込まれたクォーリティーの高さを感じます。 また、それぞれのピースの裏面には刻印が見えており、これは「EPNS」の刻印です。 EPNSとは、Electro-plated Nickel Silverを意味しています。

シルバープレートの品になりますが、閧ノしてみると、その存在感は圧倒的で、現代では作りえないアンティークであると感じられます。 品物自体が長い年撃フ経過を示しているという意味で、得がたいアンティークであると思います。

シルバープレートについて詳しくは、アンティーク情報欄にあります 「10.エルキントンミのシルバープレート技術と明治新政府の岩倉g節団」の解説記魔烽イ参考ください。

アーツ & クラフツ ヴィクトリアン シルバープレート ピアストワーク ベルト


No. 19114 銀のフレーム入り ヴィクトリアン アンティーク スタンプ (ヴィクトリア女王 ペニー スタンプ) with ブリティッシュ ホールマーク
スターリングシルバーフレームの縦 2.6cm、横 2.2cm、厚み 1.5mm、全体の重さ 10g、ペニー切手はヴィクトリアン後期、銀枠は1979年 バーミンガム アセイオフィス、11,800円
ヴィクトリア女王のペニースタンプ、今から百数十年前に使われていた切手です。 銀フレームの厚みは1.5ミリ、裏面には写真二番目に見えるように、lつのブリティッシュ ホールマークが、どれもしっかりと刻印されているのもよいでしょう。 表側はセルロイドカバーで切手が保護されています。 

横顔はクィーン・ヴィクトリア痰ゥりし頃の姿です。 英国アンティーク情報欄にあります以下の記魔烽イ参考まで。 Still Victorian (百年ほど前のイギリスはどんな様qであったのか?)

ヴィクトリア梠繧フ英国切手がスターリングシルバーのフレームに収められた趣向の品です。 もともとペンダントヘッドとして作られた可能性が高いですが、スターリングシルバーのフレームは高級ですし、銀の額縁に入ったヴィクトリアン アンティーク スタンプといった方が適切であるような気がします。

ハ真二番目に見えるホールマークは順にメーカーズマーク、バーミンガムアセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1979年のデートレターです。

イギリスは世界で初めて郵便切手を考案した国で、ヴィクトリア梠繧フ1840年に発行された世界最古の切手は、Penny Blackと呼ばれるヴィクトリア女王の横顔が描かれた切手でした。 ちなみに、切手はイギリスの発明品なので、英国の切手には現在でも国名表ヲがありません。 一般には、国際機関の万国郵便連合によって、世界の国々の切手は発行国の名前を表ヲするよう義務付けられています。 ところが、イギリスは元祖スタンプ発明国ということで、国名表ヲをしなくてよいという特権が与えられているのです。

このあたりの経緯について、英国郵便舶ィ館のホームページに説明がありました。

Britain's role in innovating this idea is still recognised today. British stamps are identified only by the head of the reigning monarch, and not by carrying the name of the country. Britain is the only nation accorded this privilege by the Universal Postal Union (the international organisation for the coordination of mail services).

 「only」と太字で強調されているところに、ご本家の誇りが感じられて、興味深く読みました。

The British Postal Museum
http://postalheritage.org.uk/history/stamps

рフ手元にはイギリス切手ガイドブックがあり、全部で二百ページ余の中身にはイギリスで発行された切手が年代順に掲載されています。 その初めにはもちろんPenny Blackが掲載されているわけですが、ハ真のヴィクトリア女王 ペニー スタンプもごく初めの頃の切手であって、英国スタンプjにおいて、なかなかに古いものであることが実感されます。 

『The Victorian House(Judith Flanders著)』という本によると、ヴィクトリア梠繧フイギリスにおいては、ものすごい数のポストカードが行き来していたようです。 当桙フイギリス都s部では、郵便配達が一日に五、六回に及んでいました。 職場で働く旦那さんが、ランチタイムの頃に、奥様宛に「今日の帰宅は午後六桙フ予定です。 Love」とか書いてポストカードを送れば、夕方までに届くという状況だったのです。

電話が広く普及する前のことで、多くの人たちにとって、ちょっとした用魔伝える手段として、郵便システムがこれほどに発達していたのです。 ヴィクトリア梠繧ナもまだ前期にあたる1851年の新聞『The Times』に掲載された投書の例がありました。 それによると、ロンドンで午後一時半に投函された手紙が、その日の午後四桙ノなっても、3キロ離れた宛先に届かなかったという苦情だったのです。 逆に言うと、当桙フロンドンではそれが当たり前だったわけで、百五十年前のイギリス郵便、恐るべしだったのです。

昔のポストオフィスは朝早くから夜遅くまでやっていました。 シャーロック・ホームズの探偵小説の中でも、夜遅くに電報を打つ場面があったと思います。 さらに、名探偵ポワロの時代、というと1930年代のロンドンですが、郵便配達の最終は午後十桙ナした。 午後九時半の消印というポストカードも今に残っていて驚きます。  

デイビット・スーシェ蜑奄フポワロシリーズにある『The ABC Murders』を見ていましたら、ポワロとヘイスティングスが夕食中に、その日最終の郵便配達があって、レターの開封に食沫pのナイフを使う場面がありました。 このデイビット・スーシェのポワロシリーズは、1930年代の英国が舞台に設定されており、ディテールにこだわって見ていくと、いろいろとアンティークを楽しむ上での発見があります。 急ぎの手紙でもナイフがそばにあれば、ナイフを手にするのだなあとか。 また、そもそも、この郵便の配達はかなり夜遅くに来ていることも興味深く見ました。 原作で確認してみましたら、「It was on Friday that ABC's third letter came.  Evening post arrived about ten o'clock. 」とありました。 当桙ヘ一日のうちに何度も郵便配達があって、最終便は夜の十桙ノ配達があったなんて、ちょっと驚きです。

ハ真二番目で見て、銀板の下方に見える刻印のうち、ライオンの歩き姿の刻印が、英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになり、重要な刻印です。 このライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 

横歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から470年ほど前の1544年のことになります。 これは当档eューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。 

銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

歴史や伝統に格別なこだわりを持つイギリス人は、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)にも特別な愛着があって、五百年の長きにわたって、この刻印を使い続けて今日に到っております。

銀のフレーム入り ヴィクトリアン アンティーク スタンプ (ヴィクトリア女王 ペニー スタンプ) with ブリティッシュ ホールマーク


No.19113 スターリングシルバー ペンダントヘッド with ブリティッシュ シルバーホールマーク ライオンパサント&ロンドン レオパードヘッド
本体の縦 2.4cm、留め具を含む縦 3.0cm、横 1.5cm、厚さ 1mm、ライオンパサントの横幅 7.5mm、1977年 ロンドン アセイオフィス、5,800円
通常の銀製品よりも大きなホールマークがしっかりと刻印され、ブリティッシュ スターリングシルバー ホールマークの見本のような銀のペンダントヘッドです。 

デートレターから判読できる製作年は1977年で、ヴィクトリアンやエドワーディアンが多い英吉利物屋の扱い品としては、比較的近年の銀になりますが、それでも四十年に近い年撃ェ経っております。 年撃フ経過を考慮しても、コンディションの良好な品でありますことから、おそらくあまり使われることなく今に至っている銀製品と思います。

これまでも大切に扱われてきたようですが、こうして半世紀が経ち、一世紀が経っていくのだろうなと見ております。 

ホールマークは上から順にメーカーズマーク、ロンドン アセイオフィスのレオパード ヘッド マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1977年のデートレターになります。

英国シルバーホールマークのデザインそのものを楽しむ趣向のアクセサリーと言えましょう。 ライオンパサントは横幅 7.5ミリほどの大きさがあって、ブリティッシュホールマークしては、かなり大きなサイズになっています。

インゴット型ペンダントヘッドの派生系になりますが、横幅があって存在感の大きな純銀の板といった感じです。 ただし、インゴットのようにはかさばらないタイプで、身に着けるアクセサリーとしてはちょうどよさそうです。 

歴史と伝統に裏打ちされた話題性のある銀です。 ライオンパサントやロンドン レオパードヘッドのデザインそのものをめでる趣向は楽しいですし、十分に興味深いブリティッシュ シルバーと思います。 

ブリティッシュ ホールマークは銀の純度を保証し、製作年等を記録するという実用目的で、中世の時代に始まった制度です。 ライオンパサントやロンドン レオパードヘッドなど装飾性が高いこともあって、いつの頃からか、ホールマークのデザインそのものを楽しむ趣向のアクセサリーも作られるようになりました。 

上から三つ目にあるライオンの刻印は、英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになりますが、このライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 この歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から460年ほど前の1544年のことになります。 これは当档eューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 
歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。 銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

イギリスのホールマーク制度については、英国アンティーク情報欄にあります「5.シルバーホールマークとジョージアンの国王たち」の解説記魔烽イ参考ください。

それから、このタイプの英国銀製品は、ほとんどが1970年代後半の作でありますが、ハ真の品もやはり1977年作ということで、やっぱりそうなんだよなあと感じるところです。

銀の歴史に関心があり、その一環として気になるのですが、イギリスではある時期に特定の銀製品が流行する歴史があったようで興味を惹かれます。 1900年前後の銀ボタン1930年代から十年ほどの銀グッドラックホースシュー、そして1970年代後半から十年ほどの銀インゴット型ペンダントヘッド。 ハ真の品にまつわる英国銀の知ッとして気に留めておかれるとよいでしょう。
スターリングシルバー ペンダントヘッド with ブリティッシュ シルバーホールマーク ライオンパサント&ロンドン レオパードヘッド

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