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No. 6736 ヴィクトリアン スターリングシルバー バターナイフ
長さ 15.9cm、重さ 24g、ブレード部分の最大幅 2.05cm、柄の最大幅 1.5cm、1893年 ロンドン、George Maudsley Jackson作(=Josiah Williams & Co.作)、一万七千円

お花のエングレービングがたくさんで、ゴージャスな雰囲気に惹かれますし、蝶が遊ぶモチーフもポイントになります。 柄は最大で3ミリの厚みがあって、しっかり出来たスターリングシルバー バターナイフです。

また、このバターナイフはちょっと見ただけで、ヴィクトリアン後期の作と分かる手掛かりを少なくとも二つ備えたアンティークです。

まずは蝶のモチーフで、これは当時流行ったオーセンティック ムーブメントの影響を受けているように思われます。 そして裏面のホールマークを見てみると、写真三番目のように、盾の形をしたデートレターの特徴から、やはりヴィクトリアン後期の20年ほどの間に作られた品であると納得できるわけです。 

ブリティッシュ ホールマークは順に、「GMJ (=George Maudsley Jackson)」のメーカーズマーク、ロンドンレオパードヘッド、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1893年のデートレターとなっています。 ロンドンアセイオフィスの1876年から95年までのデートレターサイクルは、盾の形状が特徴的で、お目にかかる頻度も多いので、覚えておかれてもよいでしょう。

George Maudsley JacksonはJosiah Williams & Co.の共同パートナーの一人であったことから、GMJはJosiah Williams & Co.と実質同体と考えてよいシルバースミスになります。
ホールマークのガイドブックである『JACKSON'S HALLMARKS』によれば、「GMJ」についてのコメントは「Wide range of particularly good flatware.」とありますので、GMJ単体の評価もかなり高いのですが、Josiah Williams & Co.も有名シルバースミスの一つです。

一般にヴィクトリア時代創業のシルバースミスが多い中にあって、Josiah Williams & Co.はジョージアンの時代に始まった老舗の一つになります。 1800年創業のJosiah Williams & Co.はブリストルのメーカーで、地方では最大のシルバースミスでした。 今日でも中世の街並みや大聖堂が美しいブリストルは、16世紀にはエイボン川河口の貿易港として栄え、その後はイングランド南西部の主要都市として発展しました。 しかし大きな都市であったがゆえに、第二次大戦中の1940年11月24日にはドイツ軍による空襲を受け、Josiah Williams & Co.も工房を失い、残念ながら140年の歴史に幕を閉じました。

1853年のペリー来航以来、日本の工芸が広く西欧に紹介され、英国シルバーの世界にも日本の伝統的なモチーフとして蝶などの虫、飛翔する鳥、扇、竹、さくら等のデザインが取り入れられていきました。1870年代、80年代のこうした潮流はオーセンティック ムーブメントとして知られています。

サムライの時代が終わった頃、1870年代前半における英国のジャポニスム取り込みについては、英国アンティーク情報欄の「10.エルキントン社のシルバープレート技術と明治新政府の岩倉使節団」記事後半で詳しく解説していますのでご覧になってください。

その後のジャポニスム研究は、モチーフブックなどの成果となって、以下のような書籍が次々と発表されていきます。
「Art and Art Industries of Japan(1878年、 Sir Rutherford Alcock)」、 「A Grammar of Japanese Ornament and Design(1880年、Cutler)」、「Book of Japanese Ornamentation(1880年、D.H.Moser)」

そして1880年代の後半にはジャポニスム モチーフブックの集大成である「Japanese Encyclopedias of Design(Batsford)」が出て、Japanese craze(日本趣味の大流行)のピークとなりました。

ヴィクトリアン後期の英国にあってはジャポニスムが新鮮で、大きな顧客需要があり、モチーフブック等の基礎資料も充実していたことが、今日私たちが日本趣味な英国アンティークシルバーにお目見かかれる理由なのです。 百数十年も前に多くのイギリス人たちが日本に大いなる関心を持っていたことには驚かされます。

イギリスのバターナイフの特徴と歴史については、英国アンティーク情報欄のある「9.トラディショナル イングリッシュ バターナイフ」を、この品が作られた頃の時代背景については、「14.Still Victorian」の解説記事もあわせてご覧ください。