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No. 16400 アール・デコ マッピン & ウェブ スターリングシルバー ハンドル ボタンフック
長さ 18.7cm、銀ハンドルの最大幅 2.1cm、銀ハンドルの最大厚み 0.8cm、重さ 37g、1926年 ロンドン アセイオフィス、Mappin & Webb作、一万六千円

マッピン & ウェブのボタンフックになります。 表側のハンドル部分デザインは丸に三本直線、裏側は丸なしの三本直線となっていて、円や直線の幾何学デザインは当時の流行であったアール・デコを色濃く反映しております。

ハンドル部分はスターリングシルバーになり、1926年のデートレターとロンドン レオパードヘッドが刻印されています。 その横にある刻印は判読がむずかしいですが、スターリングシルバーを示すライオンパサントでありましょう。 裏面のメーカーズマークは読み取りにくいですが、一緒に求めた靴べらがマッピン & ウェブ製でしたので、同一メーカー製で間違いないでしょう。 さらに加えて、シルバー部分に小さな文字で「MADE IN ENGLAND」の刻印があります。

これまで Mappin & Webbの靴べら&ボタンフックを見たことがなかったのですが、有名どころの銀工房ですので、あって不思議はありません。 この品が作られた1926年といえば、英国の高級銀製品工房として、マッピン & ウェブがその地位を確立していく頃にあたっていることから、マッピン & ウェブが取り扱い銀製品の幅を広げる過程で登場してきた品物であったと推察しております。

このあたりの経緯については、マッピン&ウェブ P&O シルバープレート テーブルスプーンの説明記事もご参考ください。

これまでにいくつか似たタイプのボタンフックをご紹介してきましたが、写真の品は特に頑丈に作られているように思います。 スティール部分の最大直径が6ミリ強あって、しっかりした作りとなっています。

写真二番目に見えるフック部分の表示は、フックの素材がスティールであることを示す「STEEL」と、英国製であることを示す「ENGLISH MAKE」の刻印です。 

表側のハンドル部分デザインは丸に三本直線、裏側は丸なしの三本直線となっていて、円や直線の幾何学デザインはアール・デコの特徴です。

1920年代、30年代はアール・デコの時代ですが、ヴィクトリアンあるいはエドワーディアンの伝統的で凝ったシルバーデザインとは大きく異なる変更が、この時代にあったことは、とても興味深いと思います。 ある解説によれば、このデザイン上の大きな断絶を生み出した最大の要因は第一次大戦だったと言われています。 当時の人たちはヴィクトリアンとエドワーディアンの輝かしい伝統の延長上に世界大戦が起こったことに大きなショックを覚え、ポストワーの時代には、昔の時代から距離を置きたいと望む風潮が強く、そこにアール・デコがぴたりとはまったというわけです。 

アール・デコについてはいろいろな説明がありますが、この解説はかなり言いえているように思います。 イギリスを隅々まで旅してみて、どんな小さな田舎の村にも、第一次大戦の戦没者を悼む記念碑が建っているのを知りました。 英国人の暮らしを根底から揺るがした出来事であったことが想像されるのです。

ちなみに、ボタンフックの使い方は次のようです。 まずボタン穴の表側からフックの先端を差し込みます。 次にフックの先端でボタンの根元を絡め取ります。 最後にボタンを絡めたフックをゆっくりボタン穴から引き出すとボタンかけが完了します。

ボタンフックというのは、イギリスでは時々見かける小道具なのですが、こうした道具が使われる背景に思い当たることがあります。

歴史的にみても、日本ではあまり使われて来なかったと思います。 あったら便利な場合もあるので、特に介護用品としてこれから普及していく可能性はありましょう。 でも普通には、わざわざボタンフックを使うことはあまりなさそうです。

それでは、イギリスで使われてきた背景はどういうことでしょうか。 日本より寒冷な気候のイギリスですから、寒くて指先がかじかんだ時などは確かに便利です。 手袋をしたままでもボタンかけOKという利点もあります。

また、大きな歴史観から眺めてみると、ヴィクトリア時代はイギリス社会の青年期にあたっており、社会経済に活気があって、大いなる発明時代でありましたことから、ちょっとしたことでも専用道具を作り出す傾向はあったと考えられます。

ただ、より大きな要因としてもう一つ、イギリス人って日本人より総じて不器用な人が多いことが、ボタンフックの普及にも関係しているように思います。 私のことで申し上げると、特に印象深いのは歯医者さんでの経験です。 以前にこちらの歯医者さんで親知らずを抜いた時、術後しばらく痛み止めを飲んでも大変な苦労をしました。 親知らずがややこしいタイプで簡単でなかったことを割り引いても、こちらの歯医者さんの器用さ加減に疑問がありました。

日英の平均レベルで考えても、こちらの人は体も大きめで手も大きい、器用さのレベルは低そうだと疑っています。 また、メンタル面でも細かいことが気にならない気質が、こちらの人の良い面でもあり、悪い面でもあります。 歯医者さんのレベルは、もちろん個々人の資質の問題でありますが、根っこのところでいかんともしがたい違いが横たわっているように思うのです。 

数年が経って、また別の親知らずが問題になったとき、今度は迷わず日本に一時帰国しました。 急ぎスケジュールの関係で二つの口腔外科で一本ずつ抜きましたが、ややこしい歯であるにもかかわらず、腕のいい先生方で、抜歯後の痛みは以前の経験と比べるとないも同然、よい意味でビックリ、驚きました。 日本では若く優秀な歯科医師が育っているなあと、感心しきりです。

帰りの飛行機でドイツ人と隣席になりました。 私が英国に住んで長いと聞いて、彼は私に英国市民権を取って英国人にならないのか?と質問してきました。 イギリスは住むにはよいところで気に入っているけど、日本の医療システムは英国より上だし、個々の医師のレベルも日本の方が高いみたいで、日本人はやめられないよ、と抜歯後間もないだけに実感のこもった日本自慢になった次第でした。

不器用でボタンかけが不得手なイギリス人といったら笑い話で済みますが、不器用な歯医者さんの割合が多いかも知れないイギリス社会といったら、そこに住む人にとっては深刻な問題です。 まあ、そうは言っても大半のイギリス人はそんなふうには思っていないでしょう。 私はイギリス社会のよそ者なので、違いに敏感なところがありましょう。

メーカーは言わずと知れた有名工房ですが、このシルバースミスの歴史をご紹介しましょう。

マッピン関連のアンティークを扱っていると、「Mappin & Webb」とよく似た名前の「Mappin Brothers」というシルバースミスに出会うことがあります。
「Mappin Brothers」は1810年にジョセフ マッピンが創業した工房で、彼には四人の後継ぎ息子がありました。四人は上から順にフレデリック、エドワード、チャールズ、そしてジョンで、年長の者から順番に父親の見習いを勤めて成長し、1850年頃には引退した父ジョセフに代わって、四兄弟が工房を支えていました。

ところが末っ子のジョンは、工房の運営をめぐって次第に兄たちと意見が合わなくなり、ついに1859年には「Mappin Brothers」を辞めて独立し、「Mappin & Co」という銀工房を立ち上げました。 以後しばらくの間、「Mappin Brothers」と「Mappin & Co」は「元祖マッピン家」を主張しあって争うことになります。

しかし最初のうちは「Mappin Brothers」の方が勢力があったこともあり、1863年には末っ子ジョンの「Mappin & Co」は「Mappin & Webb」に改名することとなりました。 Webbというのはジョンのパートナーであったジョージ ウェブの名から来ています。

「元祖マッピン家」問題では遅れをとったジョンでしたが、兄たちよりも商売センスがあったようです。 スターリングシルバー製品以外に、シルバープレートの普及品にも力を入れ、目新しい趣向を凝らした品や新鮮なデザインの品を次々と打ち出し、しかも宣伝上手だったのです。 ヴィクトリアン後期には当時の新興階級の間でもっとも受け入れられるメーカーに成長し、それ以降のさらなる飛躍に向けて磐石な基盤が整いました。

20世紀に入ってからの「Mappin & Webb」は、「Walker & Hall」や「Goldsmiths & Silversmiths Co」といったライバルの有名メーカーを次々にその傘下に収めて大きくなり、今日に至っています。 また、「Mappin Brothers」ですが、時代の波に乗り切れなかったのか、1902年には「Mappin & Webb」に吸収されてしまっています。 ただ、その頃には三人にお兄さん達はとっくの昔に引退しており、後を継いだエドワードの息子さんも引退して、マッピン家のゆかりはいなかったようです。 そうこう考えると、ジョージアンの創業で、ヴィクトリア時代に二つに分かれたマッピンが、エドワーディアンに入ってまた一つの鞘に戻れたことはよかったのかなとも思うのです。

アール・デコ マッピン & ウェブ スターリングシルバー ハンドル ボタンフック


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