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No. 16147 エドワーディアン スターリングシルバー フォブ ペンダントヘッド with ピアストワーク SOLD
縦の長さ(留め具含まず) 3.0cm、留め具含む縦長 4.0cm、最大横長 2.7cm、最大厚み 4mm弱、重さ 17g、1904年 バーミンガム、 SOLD
重たくてちょっとした銀塊という趣。 百年以上前の時代だからこそ出来た仕事振り。 今日では手に入れにくいアンティークならではのよさが感じられます。 リボン飾りついてもう少し考えてみたいこと。

17グラムと持ちはかりがあってしっかり出来ており、手にしてみると銀の質感が心地よく、ちょっとした銀塊という趣があります。 私はどうも、こういった重たい系のシルバーに惹かれます。 
厚めな銀フォブになりますが、内部まで稠密な構造で、シルバーがしっかり使って作られているのが、このアンティークのよい特徴です。 

裏面には四つのブリティッシュ ホールマークがしっかり深く刻印されており、デートレターを判読することで、今から百年以上前のエドワーディアンの時代に作られた銀のアクセサリーであることが分かります。

写真二番目をご覧いただくと、裏面の左サイドに見えているのがメーカーズマークです。 そして右サイドに三つの刻印が並んでいて、これらは順にバーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1904年のデートレターになります。

中央の盾状飾りのあたりが最大厚みとなっていて4ミリ弱あります。 ショルダー部分のピアストワークは糸鋸を使った手仕事で3ミリほどの厚さがありますことから、かなりの時間をかけて作られたことが窺い知れます。 百年以上前の時代だからこそ出来た労働集約的な仕事振りであって、今日では手に入れにくいアンティークならではのよさが感じられます。 

元々は時計の銀鎖の先に付ける飾りであったフォブは、今では女性用のアクセサリーとして使われることが多く、英国アンティーク フォブの最大のバイヤーは米国のアンティークディーラーとのこと。 ネックレスのペンダントヘッドとしたり、ブレスレットの飾りとして付けたりして、女性に好まれるため需要が多いと聞きました。

写真一番目で楯状飾りの下方には左右にクルッとしたリボンの飾りが見えています。 このリボンについてもう少し考えてみたいことがあります。 二十一世紀に暮らす日本人の私たちは、このフォブの装飾を見て、リボンがクルッとかかって、かわいいなと思われるでしょう。 しかしながら、このフォブが作られた一世紀前に当時の日本人が見たとしたら、そう簡単にはピンと来なかった可能性が高いのです。

その手掛かりは朝日新聞に1908年に連載された夏目漱石の『三四郎』にあります。 第二章の最後に以下の一節がありますので、まずは読んでみましょう。

「四角へ出ると、左手のこちら側に西洋小間物屋(こまものや)があって、向こう側に日本小間物屋がある。そのあいだを電車がぐるっと曲がって、非常な勢いで通る。ベルがちんちんちんちんいう。渡りにくいほど雑踏する。野々宮君は、向こうの小間物屋をさして、
「あすこでちょいと買物をしますからね」と言って、ちりんちりんと鳴るあいだを駆け抜けた。三四郎もくっついて、向こうへ渡った。野々宮君はさっそく店へはいった。表に待っていた三四郎が、気がついて見ると、店先のガラス張りの棚に櫛だの花簪(はなかんざし)だのが並べてある。三四郎は妙に思った。野々宮君が何を買っているのかしらと、不審を起こして、店の中へはいってみると、蝉(せみ)の羽根のようなリボンをぶら下げて、
「どうですか」と聞かれた。

四つ角というのは本郷三丁目の交差点で、向こう側の日本小間物屋というのは、「本郷も兼安までは江戸のうち」の川柳で有名な兼安を指しています。 「蝉(せみ)の羽根のようなリボン」という表現は、すさまじい感じで、リボンを見たことがない人にも、リボンがなんたるか説明したい漱石の親切でしょう。

『三四郎』を今読むと、なんともノスタルジックで、アンティークな読み物と感じますが、朝日新聞に連載された頃はトレンディー小説だったわけで、当時の先端事情が物語の背景にあります。

小説の中で、野々宮さんがリボンを買いに、交差点を渡って、向こう側の日本小間物屋に行っていることがポイントです。 明治終わり頃まで日本には国産リボンはありませんでした。リボンは西洋からの輸入品で、殖産興業の観点から高率な関税がかけられ、簡単に手に入る品物ではなかったのです。 

ところが、ようやく国産リボンの生産が始まったのが、ちょうど『三四郎』の時代でした。 ですから、野々宮さんは西洋小間物屋ではなく、日本小間物屋でリボンが買えたわけです。 国産リボンが出始めて間もない時代であったので、トレンディーでない普通の読者向けには「蝉(せみ)の羽根のような」という説明も必要だったと思われます。

写真のフォブは『三四郎』の時代より、さらに数年前に作られておりますことから、当時の普通の日本人にとっては、まだまだ馴染みのうすいリボンだったと考えられるのです。 

この品が作られたのはヴィクトリア時代が終わって数年後のことになります。 当時のイギリス時代背景については、英国アンティーク情報欄にあります「14. Still Victorian」の解説記事もご参考ください。 

また、歴史を紐解けば、この銀フォブが作られた1904年というのは日露戦争中で、ロシアのバルチック艦隊は日本へ向けて航行中でした。 そして1904年10月にはイギリス沖合いの漁場ドッガーバンクで、漁船を日本の水雷艇と誤認したバルチック艦隊が、英国漁船砲撃事件を引き起こして、英国世論が激高する事態となっています。 

日本に向かって戦争に行くロシア艦隊が、途中で英国漁船を何百発もの砲弾で打ち払って、間違いと分かった後には救助もせずに通り過ぎてしまったのですから、誰だって怒るだろうと思います。 

当時の日本とイギリスは日英同盟を結んでおりましたが、ドッガーバンク事件を契機にイギリス世論もおおいに日本に味方しました。 そしてイギリス政府によるバルチック艦隊の航海妨害などナイスアシストもあって、日本海海戦に向けて有利な展開となったのは幸いでした。 当時のイギリスでは日本海海戦の行方が大変な興味を持って見守られていたとの記録が残っており、このアンティークはそんな時代の品なのです。

縦横のサイズは3.0cm*2.7cmですから、銀フォブとしては中程度の大きさで、それほど大きなフォブではありません。 ところが17グラムの重さがあって、かなりの持ちはかりになっております。 このフォブはとても重厚な作りで、これほどしっかり出来たスターリングシルバー フォブを、私もあまり見たことがありません。 

あまり見ないタイプでレアものであること、そしてデザインも優れたエドワーディアン アンティークでありますことから、コレクターの方にもお薦めできる逸品と思います。 

一般にフォブの構造というのは、基盤になる銀の板があって、その上から楯状飾りを貼り付けた作りになっているタイプが多いものです。 ところが、写真のフォブが特に重厚に出来ている秘密は、写真三番目をご覧いただくと分かると思います。

右下に楯状飾りの側面部が見えています。 そして楯状銀板より二倍ほど厚みのある基盤が見えております。 よく見ると、基盤部の側面に中央ラインがうっすら見えており、どうやら、この基盤部自体が銀板の二枚重ねであることが分かります。 つまりは、このフォブは普通のフォブよりも、基盤部分に二倍の厚みがあり、その上に楯状飾りが乗っていることで、都合三段重ねの作りになっているわけです。

エドワーディアン スターリングシルバー フォブ ペンダントヘッド with ピアストワーク

エドワーディアン スターリングシルバー フォブ ペンダントヘッド with ピアストワーク

エドワーディアン スターリングシルバー フォブ ペンダントヘッド with ピアストワーク

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